※シズ→イザ。

















平和島静雄と折原臨也は犬猿の仲だ。
そう、誰もが認識している。そして、それは臨也にとっても同じだった。



「ッ」
追い詰められて舌打ちする。
逃げようにも腕を捕らえられては逃げようもない。
クソッとばかりにきつく睨みつけた先。臨也の視界に映る静雄も青筋を浮かべて彼を睨みつけていた。
今にも殴りかかりそうなのに手を出してこない彼を不審に思いながら、臨也は口の端を吊り上げた。

「ははっ、珍しいねぇ…君が物を投げつけずに直接とかさぁ」
「………るせぇ、黙れ」

胸倉を掴まれてぐいっと持ち上げられて、顔が近づく。

「…シズちゃん?」

何を――と問いかけようとした口が弾力のある暖かなもので塞がれて。
視界いっぱいに広がった天敵の顔に、臨也は目を丸くした。
は?なに?何で?なんでこんなことになってるんだ??
状況をまるきり把握できない。
呆けたままの臨也に何を思ったのか。天敵はそのまま口付けを深くした。
唇を割って入り込んだ舌の感触。
そこでようやく頭が働き出す。

「ん、ぅ…んん!」

離せと訴えたくとも口は塞がれているし、両手とも壁に押さえつけられていてそれは叶わない。
判断は一瞬。
「ッ」
ビクリと身じろいだ相手が、唇を離して忌々しげに舌打ちした。

「手前、覚悟はできてんだろうなぁ?」

低い威嚇の唸りに冷や汗が伝う。
結構本気で噛みついたというのにあまり堪えた様子はなくて、臨也の方こそ舌打ちしたい気分だった。

「…覚悟も何も、なんのつもりだい?俺にキスとか、気が狂ったとしか思えないよシズちゃん?ああ、でも君は元々化け物でまともじゃないし――」
「黙れ」

自身を落ち着けるためにわざとらしく嫌みったらしい笑みを浮かべて喋るが。
短く低い恫喝に言葉が止まってしまう。
怒りの色が見えるのに、それ以上に複雑な色を見せる瞳。
苛立ちと――あとは何だろうか?
静雄が自分に向けるはずなどない感情が垣間見えた気がして即座に気のせいだと否定して。
臨也は緊張をはらんだ視線で静雄の行動を注視する。

「…黙ってりゃ多少はましだな」
「………」
「ホント、何で手前なんだ。ああクソッ、ムカつく殺してぇ」

ピリピリと肌を刺す殺気。
それに気圧されまいと睨む臨也をそれ以上の強さで睨めつけて、静雄が手を動かした。
掴まれたままの臨也の手は必然その動きに従うことになる。
そのまま、ぐいっと両腕を頭の上に固定されて、息を飲んだ。
嫌な予感しかしない。
予想と違わず、空いた手で臨也の顎を掴んだ静雄はまた何の断りもなく唇を合わせてきた。

「ん!うぅ…んーっ!!」

口を閉じようにも頤を強く捕まれて無理矢理こじ開けられてそのまま舌が捻じ込まれる。
舌を絡めて吸って、甘噛みして。上顎から頬、歯の裏側まで。
口内をくまなく確かめるように舐めていくその感触に、ぞくりと背筋が粟立った。

「ふ…ぅ……ん、ぁ」

かくりと膝の力が抜ける。
静雄に両手を掴まれていなければ、地面にへたり込んでしまっていただろう。
ぴちゃりと水音を立てて唇が離された。

「は…ふ」

呼吸がままならなくて、臨也は必死に息を吸い込む。
と、呼吸が整うのも待たずいまだ臨也の腕を壁に縫い止めていた相手が覗き込んできた。
さっきまで顎を掴んでいた手が濡れた唇をなぞっていく。

「なぁ、ノミ蟲」
「……」
「俺には欲しいもんがあるんだよ」

それだけ言って黙った静雄のキツい視線がじっと臨也を見据えている。
続きを口にする気配のない彼にしばらく沈黙が続き。
根競べのようなそれに先に耐えられなくなったのは臨也の方だった。
じわじわと追いつめられる獲物のような気分になりながら、小さく嘆息して問う。

「……聞きたくないけど、何が欲しいわけ?」

投げやりな問いに、それでも男はにやりと笑った。

「俺は手前が欲しい」

答えは簡潔。
予想通りで、そしてもっとも予想通りになって欲しくなかった答えに、臨也は軽く舌打ちする。

「………何、君まさか同性愛者だったりするの?」
「違ぇ」

微かに震える声での返しは鼻で笑われた。
そのまますっと顔が近づいて臨也が身を強ばらせれば。
そんな彼を面白がるように吐息だけで笑って、静雄は臨也の首筋に舌を這わせた。
軽く噛みつかれて走る感覚は悪寒だと信じたかった。

「ちょ、シズちゃ」

べろりと首筋から耳朶まで舐めあげて、静雄はくっと低く喉を鳴らす。
ふるりと震えた臨也に強い眼差しが向けられて、
「覚悟しろよノミ蟲」
そう、告げられた。

「な、にを…」
「逃げられると思うなってことだ」

再度顔が近づく。

「っ!」

三度目の口付けは臨也の唇に傷を残した。
静雄の歯が唇の端を噛み切って、血が滴る。

「………」
「覚悟しとけ」

臨也、と囁くように耳元で告げて、静雄が身を離した。
それ以上何も言わず去る背中を呆然と見送って。
臨也はずるずると壁伝いにしゃがみ込む。
もう立ってなどいられなかった。

「…も、ホントなんなの…」

訳が分からない。
ぐちゃぐちゃになってまとまらない思考は今後の対処方法を導き出してはくれなくて。
不安げに視線を揺らして、臨也は膝に顔を埋めて途方に暮れるしかなかった。












※シズ→イザは静雄さんが強引な方が進展が望めるかもしれません。