※『猛獣』設定。

















「…熱いぞ手前」
勝手に膝に乗ってきて、ぎゅうぎゅうと首にしがみついた臨也に。
静雄はおとなしくしてた方がいいんじゃねぇのか?と眉根を寄せつつも、その背を抱き返した。

朝方から調子が悪いと呟いていたが、どうやら悪化したらしい。
熱と、だるさと、あと少し咳がでている――典型的な風邪だ。
日頃から不摂生してやがるからだ。と断じて、静雄は熱で甘えたになっているらしい幼馴染に声をかける。

「ベッド行け。そんで今日はもう大人しく寝てろ」
「…やだ」

妙に幼い口調でそう答えて、臨也は静雄の肩にぐりぐりと額を押し付けて、小さく息を吐いた。

「ひとりは、やだ」
「………」

何の罠だ。
そう、思った静雄は悪くない。
この男は、静雄にとっては可愛い幼馴染だが、同時にどうしようもなくタチの悪い、外道と呼んでも問題ないような、そんな人間なのだ。
相手の弱みをつつくのは好きなくせに、自分の弱みは他人に見せたくない彼は、弱っている時は大概それを表に出そうとしない。よって、こんなふうに弱っている時に分かり易く素直に甘えるなど、罠以外の何ものでもないというのが静雄の結論だった。

「おや、一緒にいてやるとか言わないんだ?」
「…何企んでやがる」
「失礼だねぇ…人がストレートに甘えてあげたっていうのに」

くつくつ笑って、臨也は静雄の肩に懐いたまま囁くような声で言う。

「一緒に寝よ?」
「遠慮するぜ。まだやらなきゃならねぇこともあるし、それに、この本読んじまいたいからな」
「……なに?可愛い幼馴染より本をとるわけ?」
「自分で可愛いとか言うな」

身を起こして不満げに睨み上げてくる相手に呆れ半分に応じれば、すっと目が細められる。

「……本切り刻んで読めなくしてやる」

脅しではなく本気だ。
そうとわかる表情をする臨也に、静雄は手元の本を遠ざけた。
丁度面白いところに差し掛かっていたというのに、我侭な相手のせいでお預けらしい。
溜息をついて、間近の顔を睨んで。
「…手前、泣かすぞ」
そう脅したところで、臨也がそれで怯むはずもない。
「病人に暴力振るうとか、シズちゃんサイテー」
笑いながらぽすりと体重を預けてくる彼は静雄がそんなことをしないと信じていて。
普段ならともかく病人相手に手を出せるはずもない静雄はさらに深い溜息をつくしかなかった。
仕方ねぇな、と諦めて背を抱きなおそうとして、ふと、気付く。
熱のせいで少し汗の浮いた白い首筋が眼下にあった。

「……そういや、熱がある時するとイイってホントか…?」

意趣返しを兼ねて思ったことを口に出せば、臨也が勢いよく身体を離す。
もっとも、背を抱かれているので逃げられはしなかったが。

「ちょっと、やだよ?ある意味暴力より酷いよそれ?」
「…しねぇよ。言ってみただけだ」

予想通り慌てた相手にそう答えてやって。
静雄はくつくつと笑う。

「…シズちゃん性格悪いよ」
「手前ほどじゃねぇけどなぁ?」
「………」

むうと口を尖らせた臨也は「人が熱で弱ってる時にそういうこと冗談でも言うとか、酷くない?」と呟いて、次いで、「ああ、シズちゃんはほとんど風邪なんて引かないからこの苦しさはわからないのか」とごちた。
事実、ほとんど風邪など引いたことがない静雄はそれを鼻で笑う。
「俺は手前みてぇに不健康な生活はしてねぇからな」
「煩いよ…」
俺だって体調管理くらいやろうと思えばできるし。と、できもしないことを言うものだからついつい声に出して笑ってしまえば、臨也の目が釣り上がる。
そして、急に静雄の首筋に顔を近づけて、

――がぶり、と食いついた。

「いって、手前何しやがんだ」
大して痛くもないだろうにそう抗議する静雄に、臨也はかまわず何度もがぶがぶと噛み付く。
「ああもう、腹立つなぁ…なんで風邪引かないの君は。馬鹿?馬鹿なの?」
「……煩ぇ…」
耳元近くで喋る相手にムカついて、ぎゅうっと抱く腕に力をこめれば、呻き声。

「…病人に、なにするの」
「ずいぶん元気な病人だけどな」

だが、確かに腕の中の身体は酷く熱い。
いつもよりも緩慢な仕草も言葉も、何もかもが臨也の不調を伝えていた。
…あー…ったく、俺もこいつに甘ぇよなぁ?
そう心中で呟いて、口の端を皮肉げに吊り上げて。
静雄は臨也の顎を掬い上げる。

「俺が風邪引いたら、責任とって看病しろよ」
「は?なに言って――」

問いを最後まで口にするより先に、静雄の唇が臨也のそれに重なる。
「ん、んんっ」
軽く触れるようなそれでなく、深く、貪るような口付けに、抵抗にすらなっていない抵抗はすぐに止んだ。
くたりと力の抜けた臨也の身体が崩れないように支えて、思う存分熱い口内を味わって。
それから、静雄は名残惜しげに濡れた唇の端を舐めて、離す。

「はっ、も…なにする、のさ」
「…あ?風邪は人にうつすと早く治るって言うじゃねぇか?」
「………」

答えた静雄に、迷信だけどねそれと苦笑する臨也のうっすら涙で潤んだ瞳。そこにに不満の色はない。
それを確かめて、静雄は密かに笑った。
どうやら、この構い方で正解だったらしい。
構って欲しくて甘えているのならとしたキスが予想通りの効果をもたらしたことに、静雄は自分の勘の良さを褒めた。
あとはこの後、臨也がどう出るかだ。これで満足するのか、それとも――。
そう考えていると、こつんと額と額がくっつけられる。
至近距離の独特の色合いの目は、まだ、物足りなげな気配がした。

「シズちゃん、もう一回、しよ?」

またしても静雄の予想通り。
どうやら、今日は本当にとても甘えたい気分らしい。
自分に対してはそれなりに素直な男だしスキンシップも多い方だが、弱っている時に、というのは本当に珍しい。
そう思いながら、静雄は苦笑を浮かべながら首を少し伸ばして臨也の唇を食んだ。

――罠じゃねぇみたいだし仕方ない…今日はもうこいつに専念するか。

素直にキスに応じてくる相手のそれは、やはりかなり熱い。
何回したら風邪うつるかな?と首を傾げて笑う臨也に。
静雄はさあなとだけ答えて。
あとは風邪を引いて人恋しくなっているらしい幼馴染を存分に甘やかしてやることにしたのだった。












風邪を引くと人恋しくなるらしい、というはなし。