Sweet Watermelon
※季節はずれのスイカネタ。

















「シズちゃん、なにか忘れ物?――って、なにこれ」

玄関を開けた途端に目の前に突き出された物体に。
臨也は目を丸くしてそれをマジマジと見つめてしまった。
丸くて、緑で、黒い縞々。
夏によく見かける、園芸分野では野菜の仲間で栄養学上は果物の仲間という微妙な扱いを受けているよく見知った例のやつだ。

「見りゃ分かるだろうが…スイカだ」

差し出した当の本人はそれだけ言って、臨也を押しのけてさっさと部屋に上がってしまう。
臨也はといえば、静雄とともに室内に上がりこんだ――別に動物ではないのだから自分で上がったわけではないが――スイカに視線を固定したままだ。
そのまま、後ろ手に鍵をかけ、勝手にさっさと行ってしまう静雄を追う。

「シズちゃん勝手に上がらないでよ。っていうか、なんでスイカ?」
「…トムさんに貰ったんだよ。なんか…恋人のとこ行くんなら手土産のひとつも持っていけよとか言われて…」
「それでスイカくれたの?…なんか田中さんチョイス間違ってない?女の子にこんなの持っていってもさぁ、あんまり喜ばれないかもよ?」
「トムさんの悪口いってんじゃねぇ」
「おお怖!…別に悪口じゃないよ。それより、この時期にスイカとかさぁ、やっぱりこういうのは旬に食べないと」
「…あんまり煩いとやらねぇぞ」
「はいはい。まあ、せっかくだしご相伴に預かろうか」
「………」

臨也がつらつらとどうでもいいことを喋るのに長い溜息をついて、静雄はキッチンへとそのまま足を進めた。
後ろをトコトコついてくる臨也を振り返って一言。

「切ってやるから、手前はあっちで待ってろ」
「おや、サービスいいね」
「煩ぇ」

しっしと追い払われて、ケラケラ笑いながらも素直に早くねと言って離れる。
そのままリビングへと歩く彼の耳に響くのはトントンと軽快な音だ。
その音を聞きながら待つことしばし。

「ほらよ」

テーブルの上に置かれたコトリと皿にはきれいに切られたスイカ。
ふわりと漂う甘い匂いに、臨也は小さく満足げに頷く。
「へぇ、意外とおいしそうだね」
まだ旬の時期には早いそれだが、瑞々しい果肉はおいしそうだ。
「…いいから、トムさんに感謝して食え」
「はーい、いただきます」
「いただきます」

行儀よくお互い口にして、それから手を伸ばして齧りつく。

「ん、甘い。季節はずれだし期待してなかったけど案外いけるねぇ」
「…手前は一言多いんだよ。旨いものは旨いでいいじゃねぇか」
「はいはい、おいしいね」
「ふん」

臨也の態度が面白くないという顔はするが、甘いものを与えられている時の静雄はそこそこ穏やかだ。
それ以上臨也につっかかることもなく、またスイカを齧る。
そうしてしばらくの間、二人は僅かな言葉のキャッチボールを楽しみ(?)ながら、スイカを頬張っていたが。
ふと、臨也が何かに気付いて目を瞬かせた。

「…ねぇシズちゃん」
「ん?」

声をかけられて小首を傾げる静雄に何故か苦笑して、臨也は手を伸ばす。
甘いものですっかり警戒心が薄れた静雄がリアクションを起こすより早く。
ひょいと指先で何かを摘んで離れた臨也はそれをころりと皿の上に転がした。

「種ついてたよ」
「あ、ああ、悪ぃ」
「ん…でも、ご飯粒とかならまだしもスイカの種とかさぁ」
「…なんだよ」
「シズちゃんって何だか案外かわいいよね」

よくわからないが、何かのツボに嵌ったらしい。
クスクス笑う臨也は心底可笑しそうだ。
いつもの胡散臭いそれとは明らかに違う笑みに、静雄は手前の方がかわいいじゃねぇかよ…とムッとした顔をしてみせる。

「おや、何か不満かい?なんなら聞いてあげるから言ってみなよ?」
「……なんでも、ねぇ」

言えば何倍にもなって返ってくると知っているのに文句など言えるはずがない。
尊敬する先輩から恋人と食べろとスイカを渡された時から、静雄は、今日は喧嘩しねぇ、と密かに決めていたのだ。
だから、それ以上口を開かぬためにまたスイカに手を伸ばす。
静雄の反応を待っていた臨也もどうやら本当に何も言わない気だと察したらしく、スイカを手に取った。
味わいながらしゃくしゃくと齧って、飲み込んで。
あっという間にスイカはなくなっていく。
そして、最後のふた切れのうちのひとつを先に食べ終えた静雄は、先程の臨也同様にあることに気付いて目を眇めた。
そこから後の行動は迅速だ。
最後の一切れに手を伸ばそうとした臨也の方へ身を乗り出して、胸倉を掴んで無理やり引き寄せて。
白い頬と顎に伝う甘い液体に舌を這わす。

「んっ!?」

べろりと舐められて、臨也は目を丸くした。
静雄は気にした様子もなくなおも舐め続ける。
「ちょ、しずっ、んぅ」
ぺろぺろと犬のように気が済むまで舐めて、静雄はようやく臨也の唇を解放した。

「…甘ぇな」
「そりゃスイカ食べたからね!なんなのもう!」
「さっきのお返し?」
「何で疑問系なのかな!?もう少し考えて行動しなよこの脳筋男!」
「いいじゃねぇか別に」
「良くない!」

まったく悪びれない態度の相手に声を荒げる臨也。
だが、静雄はふふんとやけに得意げな顔をするだけで、臨也を開放して座り直す。
その顔すっごくムカつくんだけど…とイラッと来た臨也だが、はっとあることに気がついた。
この様子では、最後の一切れをもし口にしようものならまた舐められかねない。
明らかにそれを狙っているとしか思えない相手の視線についつい眉間の皺が深くなる。

「…あげる」
「ん?いいのか?食ってもいいんだぜ?」
「…いいよ、あげる」

また舐められたらかなわない。
そう思って皿に乗ったスイカを差し出した臨也に。
彼とスイカとの間を何度か視線を往復させて、静雄は少し残念そうな表情を浮かべた。
珍しく臨也をやり込められたのが面白かったのだろう。やはり狙っていたらしい。

「もう満足したから、あげる」

さっさと食えと皿をもう一度押す臨也に、瞬いて。

「…ああ、じゃあ遠慮なく」

僅かに考えた後、静雄はこくりを頷いた。
甘味と臨也をからかうこととを天秤にかけて、甘味が勝ったと解釈してもいいのだろうか。
結局満足そうに最後の一切れに齧りつく静雄を眺めながら。
臨也は緩く長い溜息を吐き出したのだった。












※スイカ食べるシズイザを受信した結果その1。
何故スイカだったのか思い出せないのですが、最大の謎は初期タイトルがスイカの学名だったことです…。