※酔っ払い静雄さん。

















「…あのさぁ、シズちゃん」
「…ん?」
呼びかけに返る声は、ふわふわと柔らかい響き。
向けられる瞳はとろんと潤んでいて。
呼気に混ざるほんのりと甘いアルコールの匂いから、静雄が酔っていることは明らかだった。
「しーずちゃん、どいてー重いー」
ぺしぺしと無防備な背をはたいてみるが、んーとかうーとか言うだけで、それ以上のリアクションはない。
泥酔一歩手前か、もうすでに泥酔レベルなのか。
臨也に圧し掛かったままとろとろと眠りの淵を彷徨う男に、溜息が漏れた。
「…なんで、こんな状況になっちゃってるのかなぁ…」
ポツリと呟くと、んんーと返事。別に相槌は要らないのだが、と思いつつ、なんとなく背を撫でてみる。


一仕事終えた臨也が、偶然ばったり静雄に会ったのはほんの15分ほど前だ。
すぐに逃げようとした臨也だったが、相手の反応が一歩早く。がしりと手首を掴まれて、それから担ぎ上げられた。
そうして、喚く臨也をものともせず深夜の池袋をずんずんと歩く静雄が向かった先。それが、この安っぽいラブホテルだった。


ここって確か盗撮用のカメラはなかったよな…などとぼんやり考えて、臨也は溜息をつく。
なんでこんなことになっているのか…。
適当に部屋を選んだ静雄は、入るなり臨也をベッドの上に放り投げてぎゅうぎゅう抱きしめてきた。酒の匂いにはとっくに気付いていたから、ああこいつ酔ってるんだなくらいにしか思わなかったが、素直に甘える静雄が珍しくてされるがままになっていた。
その結果が、下敷きにされた現状だ。

「しーずちゃん、寝るんなら離してよ。俺今日はまだシャワー浴びてないし、寝る前にお風呂入りたいんだけど」
「んー…」
「聞いてる?」
「…やだ」

臨也の言葉に返されたそれは、のんびりとしてるのに、同時に酷くきっぱりしていた。
「…は?」
首を傾げる臨也に、静雄は顔を上げてゆるゆると首を振る。
「いやだ、離さねぇ。手前は、俺のもんだろ」
「………」
何なのこの人。
一気に脱力して、臨也は溜息と共に完全に身体から力を抜いた。
酔っ払いの戯言だが、たぶん、これは静雄の本音だ。

「…デレ期到来?いや、しらふじゃないからそれは違うか」
くくっと喉を震わせて苦笑する。
「俺ってば、案外愛されてるのかなぁ」

クスクス笑って静雄の髪を梳いて。
臨也は「シズちゃんってば、普段ももう少し素直ならいいのに」と呟いた。
自分のことは棚上げした発言に、静雄は文句を言ってこない。眠そうに目を瞬かせて、ただすりすりと頬ずりしてくるだけだ。
されるがまま、優しく髪を梳いていると、キスまで降ってくる。ちゅっちゅっと繰り返される軽いリップ音が部屋に響く。

「シズちゃん、今日は甘えたさんだねぇ」

そう言っても、んーというだけの静雄は、頬、額、鼻先、瞼、耳元、首筋と、満足するまで触れるだけのキスを繰り返したあと、最後に唇に軽く吸い付いた。
「ん…」
ちょっと押し付けて、すぐ離れたそれは、やはりアルコールの匂いが強い。

「シズちゃん、お酒臭いよ」
「んー…けっこう、飲んだからな」
「先輩と飲むお酒はおいしかった?」
「なんで、しってんだよ」
「それは俺が素敵で無敵な情報屋さんだからです」
「…ふうん」

頭が働いていないのか詮索する気配もなく、静雄はことりと首を傾けた。

「…くせぇか?」
「けっこうね」
「いや、か?」
「…そうだねぇ、どちらかと言えば、退いてほしいかな」
「やだ」
「…まあ、そう言うと思ってたよ」

ふうと息を吐き出して、わしわしと静雄の頭を撫でる。
犬を撫でるみたいなそれだが、静雄はやはり文句を言わない。それどころか、んーと目を細めて気持ちよさそうですらある。

「…気持ちいい?」
問えば、「ん。もっと」と素直は返事。
臨也はついついおや、と動きを止めてしまった。
「いざや?」
不思議そうに見下ろす、自分を組み敷く男をまじまじと見遣って、それから溜息。
「…今日は、本当に素直だね君」
飲みすぎだよ、と呆れる臨也に、静雄は「そうか?」と首を捻って、それから、臨也の頬にまたキスを落とす。

「いざや、もっと撫でろ」

思ったままの要求を口にする静雄は、はたして明日このことを覚えているのだろうか。
「いーざーやー」
「はいはい」
駄々をこねる子供の口調で撫でろと催促する相手に。
臨也はただ苦笑して、今日だけだよ、と優しく頭を撫でたのだった。












※お酒の力はすごいねという話…?