※絶対どこかでネタ被りしてるだろうテンプレSS。没ネタ救済。

















それは、とても唐突だった。

「結婚してくれ」

そう言われて。
俺――折原臨也は、は?と首を傾げた。
当然と言えば当然なことだ。
だって、ここは日本で、同性婚は認められていなくて。
そして、俺も今俺にプロポーズした相手も、男だったんだから。
「あのさ、シズちゃん…なんの冗談かな?」
恐る恐る問いかけると。
「冗談じゃねぇ」
まっすぐに、真剣な顔でそう言われた。
…信じられるわけがない。
相手は平和島静雄で、自分は折原臨也なのだ。
顔を合わせれば喧嘩する犬猿の仲で、お互いに嫌いだ死ね殺すという言葉を繰り返す間柄。
信じられるはずがない。
――たとえ、自分の方は密かに相手に恋しているのだとしても。
だから。

「うん。わかった」
「おう。それじゃあ――」
「新羅のとこ行こう。それで脳の検査――じゃないな。一回頭の中解剖してもらって、それで脳味噌交換してもらうといいよ」

そうにっこり笑って言ってやる。
「…おい」
そんな不満を隠さない相手の声は無視だ。
さあさっさと行こうと歩き出す俺に、シズちゃんが唸るような声を出す。

「おい、ノミ蟲、人の話を聞け」
「………」

誰が聞くか。どこの誰に入れ知恵されたか、あるいは妙なものでも食べたのか頭でも打ったのか。とにかく、たちの悪い冗談に違いない。そう決め付ける。
俺は、自分の思考を疑ったりしていなかった。
平和島静雄は俺を心の底から嫌悪し、憎んでいる。それは、俺にとって疑いようのない真実だった。
それに、俺の方だってつい最近まではシズちゃんを嫌悪していた。どうしても合わない相手だったし、俺の計画をいつも狂わせる邪魔な存在だった。
なのに、ふと耳にした言葉がきっかけで、ああ、ひょっとしてあれって憧れとかそういうものだったのかななんて不愉快な結論に達して。そこで止めればいいものをずるずると思考を続けた結果、気付きたくもない恋心とやらを自覚してしまったのだ。我ながらなんて馬鹿なんだろうか。
…ああもういいや。それは置いておこう。それよりシズちゃんをさっさと新羅に見せて、いつものシズちゃんに戻ってもらわないと――

「っ――おい!」
「う、わ!?」

不意にぐいっと後ろからコートのフードを掴まれて危うく倒れそうになるのを、鍛えたバランス感覚を駆使して立て直す。
そのまま、じろりと後ろの男を睨みつけて、「シズちゃん、放して」と、低い声で言えば。
俺以上に不機嫌な顔をしたシズちゃんが、俺以上に低い声で答えた。

「手前がちゃんと人の話聞くってんなら放してやる」
「………話すことなんて、ないだろ」

少なくとも俺にはない。
そういう意味を込めての呟きは、どうやらシズちゃんを苛立たせたらしい。…まあ俺がシズちゃんを苛立たせなかったことなんてないだろうけどさ。

「手前ッ」
「あのさ、とにかく新羅のところに行くよ。もし冗談じゃないんだとしたら重症だ」
「…ああクソッ。手前は何でそうなんだよ!」
「…なんのこと」
「ッ…クソッ」

急にくるりと身体を強制的に反転させられて、シズちゃんと真正面からご対面する。
「いいか、よく聞けよ?これは冗談でも嘘でもねぇからな」
やけに真剣な顔と目で見つめられて、居心地の悪さに眉を寄せた俺に。
シズちゃんは、何故か一回深呼吸して、それから、言った。

「好きだ」


――――――。

「―――は?」
頭の中が一瞬真っ白になって、思わず聞き返すと。
「俺は、手前が好きだ」
と、返答される。
いや、嘘だろ。嘘だよな。だって相手はシズちゃんだ。平和島静雄。俺を嫌いな、平和島静雄だ。
…結婚云々も充分問題発言だけど、好きはないよシズちゃん。君は俺を嫌いだろ?憎んでるだろ?……そんなに俺を苦しめて楽しいわけ?

「…それ、なんの冗談?」
「だから!冗談じゃねぇって言ってるだろうが!!」

至近距離で怒鳴られて、たじろぎつつも声を絞り出す。

「そ、んなの…信じられるわけないだろ」

そうだ。信じられるわけがない。
俺はともかく、シズちゃんは俺に散々酷い目にあわされてきている。俺を好きになるとか、そんなことがありえるほどあれは生易しい嫌がらせではなかったはずだ。むしろ憎まれなければおかしい。そんなものだったはずだ。
なのに。

「…信じろよ。手前が信じてくれなきゃ、俺にはこれ以上どうすることも出来ねぇ…」
「は…信じられるわけないよ。君と俺のどこにそんな感情が入り込む余地があるわけ?俺は君を陥れることに全力を注いできたし、君だって俺を殺したいと心底願っていたはずだ。だってそうだろ?俺と君は――」
「もう黙れ」
「ッ!」

ぐっと手に力が込められて。
身体を反転させた時に掴まれたままだった肩に痛みが走る。
思わず呻いた俺を睨みつけるようなそんな視線で見て、シズちゃんはまた口を開いた。

「俺は、手前が、折原臨也が、好きだ」
「……」
「これはどれだけ否定されようと嘘じゃない。そりゃ、手前のこと本気で殺したくなるけどよ…でも、手前を好きなのも、本当なんだ」

真剣な顔だ。目も、嘘を言っているとは思えない。
カタカタと小さく、無意識のうちに手が震えた。
嘘だ。ありえない。冗談を言わないでくれ。そんな否定の言葉だけが頭を巡って、訳のわからない恐怖に晒された俺は、早鐘のような心臓の音を聞きながら、唾を飲み込んだ。
震える身体も、痛いほど煩い心臓も、背を伝う冷たい汗も、今の俺の心情をわかりやすく示している。
俺は、怖いのだ。今の関係が壊れてしまうのが。だから、恋に気付いたって、何も言わず何もせず、今まで通りの折原臨也で居続けたのに。

「…なんで、いまさら…そんなこと」

絞り出した声は、酷く掠れていた。
それが嫌でたまらなくて、唇を噛み締めた俺に、シズちゃんが静かな声で言う。

「……もう、いい加減認めるべきだと思ったんだよ。否定し続けてもこの気持ちは消えやしねぇ。…しなかった。だから、もう認めちまったほうがずっと楽だって気付いた」
「…俺は、」
「逃げんな。手前もいい加減認めろ。わかってるよな?気付いてんだろ?」

――ああそうさ。とっくの昔に気付いていたよ。でも、だからって。

「そんなの、認めるわけにはいかないんだよ」
認めて、この関係が変わって。そうしたら、どうなる?
俺は俺だし、シズちゃんはシズちゃんだ。そりが合わないのは本当で。喧嘩別れは目に見えている。
でも、そのあと、昔みたいな関係に戻れるとは、思えない。
だから、俺は意地でも認めたくないんだ。
だから頼むから、そんな目で見るの止めてくれないかな。俺はそんな、真摯な目を向けてもらえるような人間じゃないんだよ。汚いずるいヤツなんだ。だから、お願いだからそんな感情は認めないでくれ…認めさせないでくれ。

「認めろ」
「っ」
「認めろ。それで、俺のものになれよ――臨也」
「…ッ」

…本当に、思い通りにならない男だ。ここで引き下がってくれれば、しばらく時間を置けば、修復の余地もあったかもしれないのに。
そんな目で、そんな声で。君が呼ぶ価値が、俺にあるとは思えないんだけど。
きゅっと口を引き結んで、僅かに外していた視線を上げて、シズちゃんをまっすぐ見て。
俺は、震えぬように細心の注意を払いながら挑発するような声を出す。

「認めたら、何がどうなるっていうのさ」
「あ?とりあえず養子縁組だな。あー…俺のが生まれたのあとだから、俺が手前の養子になるのか…?まあ、ちっと納得いかねぇけど仕方ねぇよな」

………。

「…い、一足飛び過ぎだろ…普通そういうのってお付き合いからじゃないの…?」
「うるせぇ。手前の場合、逃げ道残したらどこかに隠れちまうだろうが」
「………」

よくご存知で。
そう心の中だけで答えて、俺はゆるゆると息を吐き出した。
突飛過ぎる発言のせいですっかり緊張が抜けてしまっている。頭の中の考えをリセットされた感じだった。
重く圧し掛かる不安が消えたわけではないけれど、少し、軽くなった気がする。
俺の考えも、企みも。いつもいつもぶち壊すのがシズちゃんだ。
単純なくせに、勘は鋭い、相性最悪の天敵。
深く考えるだけ無駄だと言われているようで腹立たしくて、こいつに付き合っていると俺まで馬鹿になりそうな気がしてくる。

「…俺、やっぱり君のことは理解できないよ。したくもない」
「ああ゛?それは俺もだ。手前のことなんざ、ほぼ100%理解できねぇ」

心の底からうんざりした声で言われて、ついつい苦笑してしまう。
やはり、この男とは相性が悪い。それだけは間違いないだろう。
…口に出して認めたくないんだけどなぁ。口に出したら、それで終わりな気がするじゃないか。
そう思うのに、待ってくれる気のない相手はあくまでこの場での返答を要求してきた。

「で?どうなんだよ?」
「………」
「いーざーやーくーん?」
「いっ、痛いから!肩!!肩外れるっていうか潰れる!!」
「早く答えねぇからだろうが」
「お、横暴だ!DV男は嫌われるよ!?」
「あー…でも、手前は嫌いじゃねぇんだろ?」
「暴力振るわれるのは嫌いだよ!暴力反対ッ…ってホントに放して!マジで潰れるから!!」
痛い痛い痛い!骨がミシミシ言ってるんだけど!
「認めろよ」
「こ、の状況で、そういうこと言うとか、最低だよねッ」

脅しかよこの短気!卑怯者!
そう思うけど、それよりも痛みが限界だった。

「認めるッ…認めるから!」

叫んだ途端、手の力が緩む。
開放されてもまだ痛む肩に涙目になりながら、俺はシズちゃんをそれまで以上にきつく睨んだ。
「最低だね、卑怯者」
「卑怯でも何でも、今言わせねぇと本気で逃げられそうだったからな」
真顔で言うな。
痛む肩に意識を半分もっていかれながら、それでもふんと鼻で笑ってやってやる。
「言ったって、逃げるかもよ?」
「あ?あー…そうだな」
にっこりと、今まで見たこともない爽やかな顔で笑って、シズちゃんは俺の目の前に見覚えのある物体を差し出しながら言った。

「まあ、言質は取ったしよぉ…。その時は地の果てまでだって追っかけていって捕まえてやるから覚悟しとけ」

そんなシズちゃんの発言と、目の前の物体に、俺は絶句するしかない。
「なんで、シズちゃんがボイスレコーダーなんて持ってるの…」
「あ?新羅にもらった」
「………そう」

つまり、あの闇医者の入れ知恵か。
…ははっ、あとで覚えておけ新羅。ただで済むと思うなよ。

「臨也」
「ああもう…はいはいわかったよ。俺の負け。認めたんだからもういいでしょ。もう今日は帰るから見逃してよ」
「ちゃんと言え」

脈絡のない言葉を正しく理解できた自分のよすぎる頭がちょっと恨めしい…。そして、おれが理解していることをわかっているこの男が、すごく憎らしい。

「…結婚…っていうか養子縁組?…それ前提で付き合えばいいんでしょ…わかったから」
「違ぇ。ちゃんと言え」

ちっと思わず舌打ちした俺は悪くない。
まだボイスレコーダーは働いているらしいのだから、これ以上よけいな墓穴は掘りたくない。
だというのに、シズちゃんは無言で威圧してくる。
ああ、クソ。できれば認めたくなかったし、こんなことだって言いたくないんだよ俺は。
シズちゃんと違って俺はそう簡単に切り替えられないし、それに、不安だって完全に払拭されたわけじゃない。

「…あのな、ノミ蟲」
「………」
「俺は手前と違って、こういうことで嘘は言わねぇ。手前が何心配してるのかくらいは俺も考えたしわかるけどな、そんな心配するだけ無駄だぜ?」
「………」
「俺はもう手前を逃がしてやる気はないし、こんな人様に迷惑なもん野放しにしとく気もないしな」

くくっと笑って身を屈めて。
覗き込んできたシズちゃんの目は、楽しげだった。
…なんで、そんなに自信持てるのさ?俺が君から本気で逃げたら君なんかには見つけられるわけないし、そもそも俺と君が上手くいくわけないと思わないの?

「逃げられると思うなよ、臨也」
「……シズちゃんしつこいもんねぇ」

不安どころか考えまで見透かされている気がするのが、微妙に不愉快だ。
こんな単純男にわかるほど俺はわかり易い人間だった覚えはないんだけど。
言えと無言で圧してくる視線は鋭いのに、見たこともない甘さのようなものを含んでいて。
理由もわからず、だが、負けた気がした。

「……好き、だよ…」

悔しさを滲ませた声で、小さく、でも俺としては精一杯の音で告げる。が。

「聞こえねぇ」

もう一回言えと口の端を吊り上げてのたまうのだから、実はこの男は俺よりタチが悪いんじゃないだろうか。
「〜〜〜ッ!」
ギッと睨み上げて、大きく息を吸い込んで。

「好きだよこの馬鹿!!だから早く死んで!!!」

怒鳴って勢いのまま、ぱっと身を翻した。
もう付き合ってられるか。そう思って憤る俺の後ろをついてくる足音に、極力意識をやらないようにする。
実は手前って結構かわいいよなぁなんて俺は聞いてないし!空耳だし!!
これで嘘だったとか冗談だったとか言ったらどんな手段を使ってでも殺してやる!
そう心の中で叫んで、俺は不本意だがシズちゃんを後ろに従えたまま駅を目指して歩き続けたのだった。


――押し切られる形で付き合うことになったのが嬉しいとか、そんなことは、絶対にない。と思いたい。












※押されると弱い臨也さんと自覚すると強い静雄さんのはなし。

両片想いのままずっとお互いそれを認めなくて…という話がわりと好きです。でも自覚した後の行動はたぶん真逆な二人だともっといいと思います。…しかし養子縁組すると折原静雄…微妙すぎる…