歪曲・婉言的報復論
※シズイザでも片思いでもない静+臨。

















何がどうなってこうなったのか。
ローテーブル――というよりただのちゃぶ台だ――の前に座って、臨也はうんうんと唸っていた。
自分のねぐらにしてるマンションとは比べ物にならないくらいボロいアパートの一室。
黄色く変色した壁紙は、家主のヘビースモーカーぶりを分かりやすく示していて。
本当になんで俺はここにいるんだ、と頭を抱えたくなる。

「おい、コーヒーにミルクと砂糖はいるのか」

声をかけられてビクリと肩が揺れてしまったのは仕方のないことだろう。
本来ならこんな風に声をかけられるはずもない相手を恐る恐る振り返り、臨也は引きつった表情もそのままに、答えた。

「ブラックでいいよ…」

それ以外何も言えない。
下手なことをしゃべった瞬間に殺されかねない。この狭い部屋では逃げることは不可能だ。
だから、いつもならよく回る口も、今この場では噤まざるを得なかった。

「ほらよ」

ことんと目の前に置かれたコーヒーカップに手をつけるべきか否か。
臨也は極限の緊張に晒されながら、ちろりと差し出した相手――静雄の顔を伺う。
ん?どうした?とのんきに問う男に他意はなさそうに見える。
だが、それが逆に怖いのだ。
自分とこの男はこんな風な状況に陥るような、そんな関係ではない。
犬猿の仲というか、お互いを完全に敵と見なす、それこそ殺し合うような、そんな関係のはずなのだ。

「…ありがと」

視線で飲まないのかと問うのに押されて、礼を述べてカップを手に取る。
インスタントコーヒーだよなぁ。シズちゃんだもんなぁ。
ちびりと飲んだコーヒーは薄い。
おいしいとは言えないそれをちびちび飲んで、静雄の顔をじっと見る。

街中で捕まって、殴られるかと思ったら、そのまま腕を引かれて連れてこられた。
理由はわからない。
静雄は臨也に何も言わなかったし、臨也の放せと喚く声にも反応を返してはくれなかったのだ。

「…ねぇ、シズちゃん」
「ん?」
「何で、俺、こんなところに連れてこられたのかな?」

できるだけ、静雄の嫌うもって回った口調を避けて、静かに、平坦な声を出すと。
静雄は見たこともないような――少なくとも臨也には向けられたことのない種類の――穏やかな表情で口を開いた。

「新羅の奴がよぉ」
「…うん」

なんだろうか。すごく、すごく嫌な予感しかしない。
静雄の顔から視線を反らせないまま、臨也はただ冷や汗が背を伝うのを感じた。

「手前の嫌いも死んでも全部ツンデレって奴だって言い出してよぉ。まあ、手前の今までの行状を考えるとそれにしてもさすがにやりすぎだけど、そう考えると手前も結構可愛い奴だとか思えたもんだからな」

――俺デレたことないよッ!っていうかツンでもないから!!

頬をかきながら、ちょっとは俺の方から歩み寄ってやろうかと思ってよ…などと言っている静雄に。
臨也は声も出せないまま固まるしかない。
まさかあれか。この前一週間ほどかかる仕事に運び屋を使ったことへの報復か。
黒い笑みを浮かべる闇医者の姿を思い浮かべて、次いで目の前で自分のリアクションを待つ静雄を改めて視界に映して。
臨也は青い顔で頬を引きつらせることしかできなかったのだった。












※ここから先の進展は(たぶん)ありえない二人。
タイトルは相方との会話に出てきた回りくどい報復が云々〜という謎の言葉から。今思い返しても本当に謎です…。