不機嫌な黒猫
※けもみみパラレル。+新羅。
















「不意打ちで驚くとしっぽが膨らむよね」

「指先目の前に出すと嗅ぐな」

「柔軟が得意…?」

「ああ確かにな。あと、身が軽くてすばやい」

「足音させないとか」

「動くものがあるとつい目で追う。…この前猫じゃらしにじゃれそうになったぜ」

「それは是非見てみたかったなぁ」

「あと喉撫でるとゴロゴロいうぞ」

「え?本当?へぇ…そうなんだ。あ、夜目もきくよね」

「無駄に耳がいい。ああいうのが地獄耳って言うんじゃねぇのか?」

「あはは、それはちょっと意味が違うかも」

「舌も触ると少しザラザラしてるな。…あとよく寝る」

「へぇ…あ、じゃあ丸くなって寝たりする?」

「あー…時々こう、身体を縮こまらせて寝てる時はあるけどな」



近づくごとに鮮明になる会話を耳にしながら、臨也はくありと大きく欠伸をした。
午後の柔らかな日差しが屋上に降り注ぎ、しきりに眠りの世界へと誘おうとしているのをふるふると頭を振ることで払って。
のんびりと意味のわからない――いや、意味はわかるがわかりたくないだけだ――会話をしている二人の側へと歩み寄る。

「…何の話してるのかな、君たちは」

溜息混じりに問いかければ、二人――静雄と新羅が振り返った。
「あ。やあ、臨也。君の話だよ」
「………」
だと思った、と言う顔をして、臨也は静雄の隣に移動して。
そのまま、無駄にひょろひょろと伸びた長身に寄りかかる。
傾ぐことなく臨也の体重を受け止める静雄。
文句を言うわけでもなく黙っている彼の尻尾が本人の意思と無関係にブンブン振られているのを確認してから、臨也は改めて新羅に問うた。

「なんでそんな話してんのさ」
「うん。ほら、君の場合外見は猫だけど実際の血は半分だろ?どの程度まで猫族に近いのかって気になって静雄くんに話を聞いてたんだよ」
「ふぅん…」
「でも、何だか考えれば考えるほど君はほとんど猫ってかんじだよね」
「…そう」

新羅の苦笑交じりの指摘が、静雄にさりげなく…だと本人は思っている…甘える自分の態度も含めたものだと気付いて、眉間に皺を寄せる。だが、それ以上特に何かを言うつもりはなかった。
例えば――龍と猫に似た性質があるからだと思ったとしても決して口にはしない。
教える必要のあることではないし、知って欲しいわけでもないのだから。
猫である自分に満足していることだしね、と心の中だけで呟いて、臨也はふんと鼻を鳴らした。

「なに?俺が猫だと何か問題でもあるって言うの?」
「いや、そうじゃないよ。単なる好奇心」

笑う新羅に顔を背ける姿は、猫族というよりは動物の猫そのものだ。
特に、静雄にさりげなく送る“新羅よりも自分を構え”と言うアピールはプライドが高くて素直に甘えられない性格の猫のそれにそっくりで。
ぐいぐいと寄せられる身体に、静雄は何でこいつはこう素直じゃないんだと苦笑する。
そうして、でもそれが可愛いんだけどな、と一人惚気て、手を伸ばす。
急に回された手にぎゅっと抱き締められて。
臨也は困惑して相手を見上げた。
そして、色素の薄い茶色の目がまっすぐ自分を見下ろしているのに妙に心臓が煩くなる。

「…な、なにかなシズちゃん」
「拗ねてんなよ。別に手前がどうこうってんじゃねぇし…それに、」
「…それに?」
「俺は手前が手前なら、別に種族は関係ねぇ」

なにそれ告白?いや嬉しいなんて思ってないし!思ってないから!!
そんなことを叫ぼうとした臨也だが、予想外の科白が心臓を直撃して、実際にできたのは顔を真っ赤にして口を金魚のようにパクつかせることだけだった。
それを見た静雄が、くくっと喉を鳴らしてからかうような声で言う。

「ま、普段はむかつくとこもあるけど、そうやってりゃ可愛いしな?」
「!!!!」

やり込められているせいで、どうにも居心地悪い。
からかうのはいいが、からかわれるのは嫌いなのだ。
うううと唸って、赤い顔を俯けて。
臨也は絶対どこかで報復してやると誓う。
そんな不穏なことを考えていたが、ふと、こういう状況で大体の場合、冷静なツッコミを入れる男が静かなのを不審に思った。
どうしたのだ?と視線をやり――臨也の眉間にさらなる皺が寄る。

「……なにかな、新羅?」

くくくっと肩を震わせて笑う新羅に不機嫌そのものの声を出せば、相手は何故か涙目になった顔を向けてきた。

「っ、臨也も、すっかり感情表現豊かになったよねぇ」
「はあ?何言ってんの?」

くすくす笑いを止めぬまま、新羅は臨也の後ろを指す。

「しっぽ、不満だって言ってるよ」

………。
指と言葉に後ろを見れば。
ばし、ばし、と不満を示すように自分の長い尻尾が揺れて静雄に当たっていた。
意識してみれば、耳もすっかり寝てしまっている。
うわ最悪。なんでコントロールできてないんだと頭を抱えて。

「………うるさい」

ぷうっと子供のように頬を膨らませた臨也に、静雄も新羅も小さく笑ってしまう。
その様子が気に入らなくて。
すっかり拗ねて子供返りした黒猫は、しっぽをパタパタしきりに動かしながら、静雄の胸に顔をうずめたのだった。












※臨也は猫だよね、と確認しただけの話。