さよならの朝が来る
※シズ←イザ。










――いつだって抜け出せない牢獄にいた。








ふと、至近距離で人が動く気配に目を覚ました。
ぼんやりと目を開き、自分の上に乗っている人影を見つける。
馴染んだ、背筋をざわつかせる不快な気配。そんな気配を感じさせる人間を、俺は一人しか知らなかった。

「…臨也?」

確信はあったが誰何する。
だがそれに答えはなく、

「しよう、シズちゃん」

挨拶も抜きにそいつはそう言った。

「寝ている奴の首にナイフを突きつけていきなりそれか」
「…しよう?」

ぽつりと呟くその顔に、いつもの笑みはない。
何かがおかしい。そう思った。

「お前、なに」
「シズちゃん、しようよ」

問おうとした言葉は遮られて、同じことばかり口にして早くとせがむ相手に、追求する気が失せた。
だからと言って何故か縋るようなその手を振り払う気も起きず、抱き込んで口付ける。

「なんだってんだ手前…」
「犯してよ、そういう気分なんだ」
「…ちっ、くそがッ」

何でこんなにも不安に感じる?何故だ?
痛々しいほど必死に見えるのは何故だ?
わからなくて、妙に不安で、がむしゃらに口付けて忘れ去ろうとした。
開かれた口内に招かれて舌に舌を絡めて吸い、ザラザラした表面とつるりとした裏側の感触を甘い唾液と共に味わう。

「んっ…ハ…」

合間、息継ぎの熱い吐息を感じながら無性にその熱が恋しくて、更に合わせを深くした。
舌の付け根、頬の内側の粘膜、歯列の裏側。散々気が済むまで貪りつくして離す頃には、互いに息が上がり切っていた。
整える間を惜しんでそのまま首筋に唇を寄せ、喉を舐め上げると、臨也は身体を震わせ悲鳴をかみ殺した引き攣った吐息を漏らす。

「くそっ」

首筋に噛み付いて血の滲んだそこに舌を這わせて。
痛みに耐えて噛み締める唇を無理やり開かせて。

「ふっ…ぅ」

絡ませた舌が苦しさから拒絶するように押し返してくるのを噛み千切らないように軽く噛む。
キスだけでお互いありえないほど昂ぶっていて、酷く滑稽だった。
それでも飽きずに繰り返して、食い合いのようなキスが続く。


「…しずちゃん、しずちゃん」
「なんなんだよノミ蟲」
「しず、ちゃ…ん…ッ」


息を整える僅かな間、うわ言のような、泣き出しそうな声が認めたくない渾名で己を呼ぶ。
余裕のない奪うようなキスでその声を封じて、聞きたくない言葉は全て無視することにした。
あとはただ、快楽で何も考えられなくなってしまえば、それで良かった。













夜明けに空が白み始めた頃。
狭いベッドに窮屈そうに横になり静雄は寝息を立てていた。
それをベッドの淵で無表情のまま眺めながら、臨也はそっと一度だけ静雄の髪を梳く。
そして、起こさないように細心の注意を払って離れた。
耳をそばだて足音を立てないように静かに玄関に向かい、靴を履いて鍵を開けてドアを開いて。

「ばいばい、シズちゃん」

玄関のドアが閉まる寸前、僅かに振り返った臨也は小さく囁くように言った。
カチャンと微かな音を立ててドアは完全に閉じられた。




――いつだって抜け出せない牢獄にいた。
 抜け出そうともがいて、必死に手を伸ばして。それでも届かないとわかっていた。
 だから、これですべてを終わりにすることにした。






そして、情報屋がひとり街から消えた。












※悲恋。両思いのはずなのに結ばれない。

一つ前のと同時期に書いていたので似たような話に…。このあとどうなったかは皆様の想像にお任せで。