難攻不落の、
※シズ←イザ。










酒を酌み交わしながらの会話の中でどうしてその話題になったのか。
たぶん首なしの運び屋に心底惚れ込んでいる闇医者の馬鹿馬鹿しい惚気か何かからだろうが…とにかくそんな流れで、新羅は臨也に問いかけた。

「そういえば臨也って恋したことあるの?」

のろけなど聞く気もなく適当に流していた臨也にしてみれば青天の霹靂。そんな問いかけだった。
「…は?」
思わず聞き返してしまう。
「臨也って人間を愛してるなんて言ってるけど、恋はしたことあるのかい?」
律儀にもう一度問われて、臨也は不愉快そうに眉を寄せた。
その単語は臨也にとって決して心地のいいものではない。そんな他人に振り回される感情は欲しくもなかった。
「…俺は人間は愛してるけどそういう風に好きになったことってないよ」
「ふうん」
妙に含みのある相槌に、臨也はムッとした顔をした。
わざとらしくため息までついて見せて、偉そうに言い放つ。
「そもそもさ、恋愛ってどこからどこまでを言うのさ?好きだって思ったら?それとも触れたいとかキスしたいとか思ったら?その人が他人と仲良くしてて嫉妬したら?それとも―」
「ああもう。理屈捏ね回してうやむやにしようとかしないでよ」

良く回る口は今日も健在のようで、だが慣れている新羅はさっさと遮った。
呆れたような視線が癪にさわり、ほとんど残っていなかった酒瓶を引っ掴んでそのまま呷る。
行儀悪いなぁという声には、俺は男だからはそんなこと言われても気にしないと返して。
臨也は視線を新羅に向けぬまま、言葉を吐き出す。

「恋なんてわからないよ。知りたくもない」
「…君も大概素直じゃないよね」

きっぱり言い切った顔は、その言葉に似合わぬ渋面で。
大げさに肩をすくめた闇医者に、情報屋は先程よりも顰めた顔でそれ以上何も口にしはしなかった。










「げ、シズちゃん」
「臨也ァ手前池袋に来るなって何度言わせりゃ気が済むんだァ?」

軽い酔いでなんとか不愉快な感情を追い出したはずだった。だが、それは天敵であるこの男と会ってしまったことで意味を失ってしまう。
こんなことならタクシーを使って帰るべきだったと思っても今更後の祭りで、臨也は八つ当たり気味に目の前の男を呪う。

「今日はシズちゃんとは遊ばないよ」

笑みを消して不機嫌さを隠さぬまま言えば、静雄は怪訝そうな顔を臨也に向けてくる。

「…何か、あったのか?まあどうせ手前のことだから自業自得だろうが…」

怒り出さない相手に苛立つ。いっそ怪物らしく怒って何もかもめちゃくちゃにすればいいのだ。
そうすれば、臨也は一時だけでも目の前の相手を潰すことだけに全力を注げただろうに。

――ホント、シズちゃんて俺の思い通りになんないね。

「喧嘩したくないし、新宿に帰るね」
「…あ、ああ」
ぽつりと呟くように言えば、呆けたような返事。
相手の顔も見ずに、臨也はその横をすり抜ける。
別に静雄がどんな顔をしていても臨也には関係ないことだった。そう関係などない。
幾度も幾度も頭の中で繰り返しながら、振り返ることなく歩いていく。
そうして、何度か角を曲がって完全に相手から遠ざかったと判断して、臨也はようやく足を止めて振り返った。

「…恋なんて、したくもないさ」

負け惜しみでなく、心の底から。
臨也は己の内で燻り続けるものを憎んで吐き捨てた。












※自分の想いを自覚したくない人のはなし。