さむがりのはなし。
※『猛獣の飼い方10の基本』幼馴染設定。










シズちゃんと喧嘩をした。
まあ、それ自体はよくある事だ。というか、もう毎日喧嘩しているのが普通だし。
大概は俺が何かシズちゃんの気に入らない言動をとったりするのが原因で、今回もそうだった。
いいじゃないか、別にちょっとコーヒーに媚薬を混ぜるくらい。何も毒薬を混ぜたわけじゃないんだし。
一口飲んですぐに気付いたシズちゃんに「手前が飲め。そうしたら飲んでやる」などと言われてつい逆切れするなんて、俺もまだまだ青いってことなんだろうか。





「寒い」
吐き出す息が白い。
飛び出した外は夜だからか思っていたよりもずっと寒くて。
いっそ雪でも降ればいいのにと思った。
いや、寒いのは嫌だけどさ。たまにはいいじゃん。俺電車とか乗らないから交通網が麻痺したって困らないし。
少し立ち止まって空を眺めて、どこかの屋上にでも上るかと歩き出す。
少し前から聞こえている後ろからの足音は無視だ。絶対振り返ってなんかやらない。
多分すぐに追いかけて来ただろうから、上着なんて着てないんだろう。
「寒がりの癖にさ」
聞こえない程度の音量で呟いて、適当にどっかのビルにでも入るかと思ったが、やっぱり止めた。
身を切るような寒さとは言わないが、やはり寒いものは寒い。
自分に我慢を強いるのは馬鹿馬鹿しいが、シズちゃんへの地味な嫌がらせとしては妥当だ。
しばらく人気の少ない深夜の街をひたすら無言で歩き続けることにした。



どれくらい経った頃だろうか。
そろそろ俺の頭も良い感じに冷えてきていたし、後ろの足音も若干鈍くなってきていたので、振り返ってみる。
見えたのは部屋に居た時のままの薄着のシズちゃんで。
快適な温度に保たれたマンションの部屋とは明らかに違う外気に晒されて、それはもう盛大に大きな身体を縮こませていた。
震えが止まらない身体を抱きかかえるみたいにして、俺を見つめる目にもいつもの覇気がない。

「寒くないの」
「…寒くない」
いや、俺の目には明らかに寒さに震えている姿が映っているんだけど。
「嘘つきだねぇ」

手を差し伸べはしないけど、あまりにも哀れな感じだったのでそれ以上は止めることにした。
寒がりなんだから無理しなきゃいいのにね。
「だからコートを着ろって言ってんのに」
馬鹿じゃないの?
そう言って、俺は視線を送ってくるシズちゃんから目を逸らす。
大体、コートを着てこなかったシズちゃんが悪い。だからその事で文句を言われる覚えはない。
ついでに媚薬について弁解するなら、たまには俺が上がいいって言ってるのに全然聞いてくれないシズちゃんが悪い。よって俺は悪くない。
ああっ、だから俺にそんな捨てられた子犬みたいな目ぇ向けんな!!俺は絶っっ対悪くないんだからね!
……。
………。
…………。
ああもう、だからさ。こういう時ばっかりそんな顔で見るのは反則だっての。何それ、そんなので俺が同情するとでも思ってんの?
…ああチクショウ!

「シズちゃん」
「…なんだ」
「俺、今すっごく寒いんだよね」

できる限り眉間に皺を寄せて不機嫌そうに言ってやる。
夜の寒空の下で良い年した男二人で馬鹿みたいだ。やってられない。
本当に付近に誰もいないみたいで良かった。こんなの見られたら俺は死ねるね。もちろんシズちゃんを殺してからだけど。

「聞いてるシズちゃん?」
「ああ」

近づいてきた金髪を引っ張ってやろうかと思ったけど、抱き締められた後に報復されるのは目に見えていたので止めておく。
骨折は洒落にならないし正しい判断だ。あと寒いし。だから別にそれ以外の理由なんてない。絶対ない。
頭の中で何度も何度も自分に言い訳してから、空しくなってやめた。

「シズちゃんのばーか」
「…寒いな」

シズちゃんは本当に寒さに弱い。
俺を抱き締めた身体はまだ震えていて、呟かれた言葉も僅かに震えを含んでいた。

―ホント馬鹿だね。俺なんてほっとけば良かったんだ。

………いや。もし本当に放っておかれたら絶対許さないけれど。
そもそも、たぶんシズちゃんは俺がなんでああいう手段に出たのか分かっているはずなのだ。
にも関わらず譲る気がないから、気付かない振りを続けているに決まっている。
俺だって男なんだからそういう気分の日もあるってこと、シズちゃんはいい加理解すべきだと思わない?
…でも今日はもういいか。ていうか、どんだけ寒がりなのさ。抱き締められたままブルブル震えられるとすっごく鬱陶しいんですけど。

「寒いねシズちゃん」
家に帰ろうか?
そう問えば、こくりと頷く。
歯の根も合わないほど寒いんならやっぱり大人しく家にいれば良かったんじゃないの?とは聞かないでおいた。



とりあえず。
手を繋いで帰るなんて正気だったら憤死しそうなことをしてしまったのは、寒さのせいにしておこうと思う。












※幼馴染シズイザ。シズちゃんは寒がりだといい。