とある逃走劇の経過報告(仮題)











平和島静雄という男は存外律儀な男である。





臨也が静雄から逃げ回って一週間が経とうとしている。
池袋を避け、いくつかある隠れ家を転々とし、臨也はとにかく静雄から必死に逃げていた。
それはもう、これ以上ないくらいに必死に逃げていた。


事の起こりは一週間前。
新宿に拠点を置く情報屋である折原臨也は、危機的状況に追い込まれていた。
ただし、それは生命の危機という意味ではない。
…いや、ある意味では生命の危機にすら発展しそうな事態ではあったが、とりあえず憤死しそうだったのは精神の方だった。
その前日、顧客との付き合いで酒を飲んだ覚えはあった。ついでに言えばその酒に何らかの薬品が混ぜられていたことも覚えている。
油断していたわけではない。仕組まれたその罠にはわざとはまったのだ。
だというのに、何故か途中でその記憶が途切れている事実に臨也は愕然とした。
相手の思惑にはまった振りをして逆にはめようとした矢先、現在隣で眠る男に殴られたのが覚えている限り最後の記憶だった。
腰や口にしたくもない場所の痛み。それ以外にも数々の痕跡が確かな証拠として事実を突きつけてくる。
それから先のことは、臨也にとっては忌まわしく思い出したくもない。
ただひとこと言うなら、平和島静雄という男は存外律儀で古風な男であったということだけだ。





「いーざーやーくーん?何ずっと逃げ回ってんだ手前ぇ…」
「や、この状況で逃げないと俺人生の終わりじゃないか」
どう考えても死亡フラグだ。精神的に。
「…ねぇ、シズちゃん」
「ん、何だ?」
「死んで今すぐ。てか死ね」
「ああ!?」

怒りを顕わにする静雄を見ながら臨也はどうしたものかと考える。
どうすれば今の状況を変えられるのか。
そもそも、
「俺男だしさー」
だから、と続けようとした言葉は相手に遮られた。
「…安心しろ。手前が男でも関係なくちゃんと責任は取るぞ」
少し照れたように頬をかいて言われたその言葉に、臨也の動きは完全に停止していた。
ほんの僅かな間思考すら止められていたが、いい加減慣れてきていたのですぐに復活を果たす。

…うん。ダメだ。この男には何を言っても無駄だって分かってただろ俺?

一週間前の会話を思い出し、臨也は頭が痛くなる。
そう。一週間前のあの朝、唖然とする臨也に静雄は怖気のする台詞を吐いたのだ。
曰く、責任は取る。曰く、大切にする。
真剣な声と照れくさそうな顔に、臨也は盛大に鳥肌を立てた。
あの瞬間の言いようのない気色悪さはある種のトラウマになりそうなほど嫌だった。

「いや、そういう問題じゃなくてさ。そもそも責任とってくれなんて俺言ってないしね?」
「お前が俺を好きなのはよく分かってる。照れて逃げ回るのはもう止めろよ」

…うん。逃げよう。

このままでは既成事実を理由に本当に付き合うはめになってしまう。
想像するだけで精神がじわじわと真綿で絞め殺されていくような可能性に、臨也はくるりと身を翻して逃げ出した。

「あっ!?手前待ちやがれ!!」
「追いかけてくるな!俺は絶っ対シズちゃんなんかとは付き合わないから!!」

怒声と何かの破壊される音の後すぐに追いかけてくる気配に、臨也は真剣に泣きそうになった。
彼の必死の逃走劇はまだ続く。












※逃げる人と追う人。諦めなかった方がたぶん勝者。

無料コピ本のSSS「とある逃走劇の顛末。」の前日譚。