体育祭
※つきのさま「来神シズイザで体育祭」 前編。




















「あ、新羅」
「あれ?臨也?」

ペットボトルを片手にのんびりとしている臨也の姿を見つけ。
新羅はおやと首を傾げた。

「去年はちゃっかり逃げたのに今年はどうしたのさ?」
「去年同様ちゃっかり救護員オンリーな君に言われたくないな」
「あはは。…で?」
「…ドタチンが」
「門田くん?」
「そう。ドタチンが勝手に登録してくれたのさ」

ぶすっとした顔でそう言った臨也に、後ろから声がかかる。

「サボっていたお前が悪い」
「ふーんだ。いいもん。さっさと終わせて後サボるから」

それでも門田相手ならある程度はおとなしく言うことを聞くらしい。
ふん、と明らかに拗ねた表情と声をするのは、おそらく臨也なりの信頼と甘えなのだ。
やれやれ本当に素直じゃないな、と思って新羅は苦笑する。
と、アナウンスが聞こえてきた。
競技の開始を知らせるそれに視線を向ければ、どうやらもう一人の友人がこれから走るらしい。

「そう言えば静雄のあの参加競技の数、君の仕業だよね」
「そうだよ」

しれっと言った臨也がこれから走るらしい静雄に視線をやる。
シズちゃんの体力を計るには絶好の機会だよね。
そう言う臨也の目はいたずらを企む子供のそれで。
仕方ないやつだと新羅と門田は顔を見合わせた。

「サボってたのにちゃっかりそういう操作はしてるあたり嫌がらせもここまでいくと――」
「うっわ、早っ!なにアレ」

臨也の呟きにはいささか大きな声で新羅の言葉は遮られた。
視線を巡らせれば、静雄が他の生徒など問題にならない鮮やかなまでの走りっぷりを見せている。
この分ならすぐにゴールすることだろう。

「…まあ君とあれだけ毎日追いかけっこしてればそうなるだろうねぇ」

今日はすでに他の競技に(連続で)出場しているというのに元気なことだ。

「…っていうか、すっごいなぁ」

そう言ったきり、静かになる臨也に新羅は首を傾げた。
どこか嬉しそうに静雄の姿を見つめ続ける臨也が考えていることはさすがに分からなかったのだ。
だが、臨也の沈黙の理由は至って簡単だった。
臨也が静雄の走る姿を見る機会はそうない。いつだって臨也は静雄に追いかけられる側で、そんな余裕はないからだった。だから、じっくり見るのは初めてと言っていい。
すごい。前からすごいとは思ってたけど、本当にすごい。
きれいなフォームでゴールまで駆け抜けた静雄に、臨也は思わず感嘆の溜息を漏らす。

「うわー…」
「…?」
「新羅、どうしよう」
「…あまり聞きたくないけど聞いてあげるよ。なにかな?」
「俺シズちゃんに惚れ直したかも」
「ああそう」

こういうのもミイラ取りがミイラになるって言うのかな…?
そう呟く臨也の目に冗談の色はない。
キラキラと憧れの人でも見るような目で静雄を見つめる目は、まさに恋する乙女のそれだ。

「いや、臨也が乙女とか、気持ち悪い…」
「?」

不思議そうな顔で見てくる臨也になんでもないと新羅は首を振った。それに、そう?と言ったきり、結局競技の間中静雄だけを見つめ続けた臨也に。
新羅も門田ももはやつっこむことはしなかった。
そして、競技終了後。
戻ってきた静雄に新羅が手を振る。

「静雄!」
「おう…って臨也、手前サボってんじゃねぇよ」
「サボってないよ。俺の出番はまだ先なの」

酷いなぁ。と言ってしょげたフリをする臨也に、静雄は眉を寄せた。
うぜぇ、と呟いたことから、端から演技だと決めつけているらしいと分かる。

「…そうかよ。それより、変なこと企んでないだろうな?」
「ないよ。ないない。あ、呼ばれてるよ、いいの?次の競技も君出るんだよね?」
「あ、やべ。じゃあな新羅」
「ああ、うん。頑張ってね」

駆けていく静雄にヒラヒラと手を振って。
臨也はにやりと笑う。
ああ、楽しみだ。
そんな臨也に気づいたのだろう。
新羅が呆れたような視線を送る。

「次の競技って」
「障害物競走だよ」
「うわー裏工作の臭いがプンプンするね」
「っていうか、普通の障害物競走じゃ面白くないし、シズちゃんの勝ちは目に見えてるから、裏工作じゃなくて必要な措置だって言ってほしいな」

くすくす笑いをこぼす臨也に、新羅が盛大に溜息をついたのだった。












※続く。