甘い束縛
※匿名さまリクエスト「イケメン静雄に甘やかされるぼっち臨也」…別に、一人でいるのを寂しいと思ったことはない。
そう臨也は言う。
だが、静雄に言わせれば、そんなのは虚勢であるらしい。
「別にさぁ、俺はシズちゃんがみんなと鍋したの、うらやましいとか思ってないから」
「黙って食え。っていうか、人参も食え。よけるな」
「やだ」
皿に放り込まれた人参を端によけようとする臨也に溜息をついて。
静雄は容赦なく人参を皿にたっぷりと乗せてきた。
何するのさこの鬼畜!と喚くが無視される。
「さっさと食え」
低く威嚇するような声で言われて、臨也は渋々ちまちまと人参の山に手をつけ始めた。
「まずい…」
呟くがさっさと食べろと視線を向けられただけだ。
口の中の苦みと甘みをあまり噛まないようにしながら飲み下す。
「そもそもさぁ、さっきも言ったけど、別に俺、一人鍋でも良かったんだけど」
「うるせぇ。俺が食いたかったんだよ。そこにたまたま手前がいたからたかることにしただけだ」
「………」
ぷいっと横を向いた静雄の顔に。
臨也はあーあ、と小さく気づかれない程度に溜息をつく。
シズちゃんてホント嘘つけないタイプだよね。
そう思いつつ、まあ鍋は人数が多い方がいいし、と静雄の言い訳に乗ることにする。
「ま、薄給のシズちゃんはこんな豪華な鍋なんてできないだろうしね。思う存分食べると良いよ」
「言われなくても食う」
そんな感じで、彼らにしては和やかに夕食は進められたのだった。
「で、これはどういうことなのかな?」
「あ?」
「いやだからこの手は何なわけ?」
夕食の片付けの後。何をするでもなくソファでだらだらと過ごしていると、静雄が不意に手を伸ばしてきて。
今、臨也はその腕の中にいる。
向かい合う形で抱き込まれて床に座っている自分に、臨也はああいやだ、と心の中で呟いた。
そんな臨也の心情を知ってか知らずか――いや、たぶん知っているのだろうが――静雄は、ああ、と頷く。
そして、至極当然のことのように答えた。
「手前があんまり素直じゃねぇからだ」
「はあ?意味分からないんですけど」
「臨也」
ぎゅっと抱きしめる腕に力が込められて、臨也は困ったように眉を寄せた。
ホント、いやだ。
そう思って、相手を睨む。
静雄が考えていることなどわかっているのだ。だから、いやなのだ。
こんなふうにつけ込むように触れてくる相手が。
それに甘えたくなる弱い自分が。
臨也は別に、一人でいることが嫌なわけではないのだ。群れたいと思ったこともない。
だというのに。
「シズちゃんなんか、嫌いだよ」
この男はいつだって臨也の心を見透かすように、ふと寂しさを覚えたそのタイミングで現れるのだ。
普段は一人でいることなど何とも思わない。ただ、ごくたまに、本当にたまに寂しさを感じる瞬間があるだけで。
それが今回たまたま、鍋をしたという話を聞いた時に起こっただけだ。ただそれだけだというのに、静雄は臨也のその心を読んだかのように、連日一人鍋という空しい行為をしようとしていた臨也の元を訪れたのだ。
「君、まさかエスパーとかじゃないだろうね?もし心が読めたりとかしたらもう本気で化け物だよ君?」
「…意味不明なこと言い出してんじゃねぇよ」
「だって」
おかしいだろう?
いつもいつも、どう考えたって心を読まれているとしか思えないタイミングだ。
偶然だなどと言われても、臨也は納得できない。
「手前の心なんか読みたくもねぇな」
「じゃあ何で、」
「俺がそうしたいと思ったタイミングと、手前が寂しくなるタイミングが合ったってだけだろ」
「だって偶然にしては出来過ぎなんだよ?いつもいつもいつも――」
言葉は、思いもしない方法で遮られた。
いや、一応は――本当に一応は、恋人なのだ。決して思いもしないというほどではないのかもしれないが、こんな遮られ方をしたのは初めてだった。
「っ…し、ず…ちゃん!」
「ん、悪ぃ。あんまりうるさいもんだからよ」
「…それ、酷くない?」
どうだろうなあ、と呟いて。
静雄はついさっきまで己の口で塞いでいた唇を、指先でゆっくり撫でる。
「ホントはよぉ」
「なんだよ」
「24時間一緒にいてぇんだよな」
「…は?」
「思いついた時だけじゃなくて、24時間、できれば毎日」
そう言った静雄の目が予想外に真剣で。
…それは嫌だな。鬱陶しいし。そう思って、臨也は溜息をついた。
「…それ、さすがに嫌なんだけど…」
本当に嫌そうな顔をしてみせた臨也に、静雄が手の力を若干強くする。
僅かに退いた身体を引き寄せて、まるで腕の中に閉じこめるかのように囲われて、
「手前はそれくらいしといた方が良さそうだからな」
そう言われる。
言われた言葉を何度か反芻して、臨也はああそういうことか、と納得した。
ここまで言われれば、甘やかされているのだと理解できないほど鈍くはない。
…これはつまり、静雄なりの愛情表現なわけだ。
静雄曰く“素直でない”自分が寂しくないように。
そう思っての言動であるらしい。
不本意だ。果てしなく不本意だ。臨也は本当に一人が嫌いなわけではないのに、酷い誤解だ。それに。
――馬鹿だねシズちゃん。そんなだとつけ込まれるよ?っていうか、つけ込むよ?
「なあ臨也」
「…なに?」
「このまま閉じこめてもいいか?」
「やだよ。…監禁されるなんてごめんだね」
「なら、ここにいろよ。それで我慢してやるから」
なんだそれは。どんな口説き文句なんだ。
そう思って臨也はくつくつと笑う。
この監禁や軟禁という言葉も、半分は静雄に執着されたいという臨也の思いを汲んでのものだと知っている。それでも、存外独占欲が強い相手がもう半分では本気で監禁を目論んでいるのを知っているから、決して肯定の返答を口にしたりはしないけど。
「シズちゃん」
「おう」
「監禁はごめんだけど、一緒にいるくらいならいいよ」
「…いっそ同棲するか」
「……せめて同居って言ってほしいなぁ」
「同棲だろうが」
まあ確かに間違ってないけどさ、と呟いて。
臨也は静雄の肩に頭を預ける。
少し寂しかったのは事実だ。
甘えさせてくれると言うなのら、思う存分甘えさせてもらうことにしよう。
くすくす笑いを零しながら、臨也は暖かい腕の中で満足げに目を細めた。
※素直に甘えられない臨也さんと、臨也さんに甘い静雄さん。
イケメンなシズちゃんについて考えてみたところ、何故か間違った方向に進みました。
ただの通常仕様な静雄さんになった挙句、実はむしろ隠れ微ヤンデレ仕様な事態に…。あれ…?おかしい…?
とりあえずもっとしっかり臨也さんのぼっち感を出したかった!と思いつつも、静雄さんともども今の管理人にはこの辺が限界でした。…精進します。
リクエストありがとうございました!