卑怯者の恋と、その末路
※匿名さまリクエスト「シズイザで両片思い→ラブラブ」














告げられた言葉を素直に信じられるほど臨也は自分を知らない人間ではなかった。
自分がどんな人間で、本性を知る人間からどう思われているか、彼は正しく理解している。
だから、

「好きだ」

そう告げた、平和島静雄の言葉を信じることなど出来るはずもなかったのだ。






「おいノミ蟲」
「…なにかなシズちゃん」

臨也がじろりと睨めば、静雄は困ったような顔で溜息をついた。
顔を合わすたびこんな状況になるのは今日でもう10日目になる。
毎日出会うわけでないので、この状況の始まりからは正確には27日と言うべきか。

「手前…いい加減にしろ」
「それはこっちの台詞だよ」

静雄が臨也を見かけても物を投げなくなって27日。
事あるごとに「好きだ」と言われる様になって27日。
最初はどこの誰に入れ知恵されたのだと面白がった臨也も、さすがに辟易してもう相手をする気も起きなくなっていた。
それが狙いだとしたら実にうまくいっているとしか言いようがない。

「臨也、好きだ」

切なげな顔とか、君、そういう演技するタイプじゃないだろ。
そう思い、泣きたくなる。もういいから止めてよ、と言ったら静雄は止めてくれるだろうか。
静雄は良くも悪くも素直な人間だ。嫌がらせで嘘をつくような人間じゃないと臨也も知っている。
だからこそ、彼の告白が入れ知恵だとそう思ったのだ。
どこの誰か知らないが臨也の静雄への気持ちを知っていて間接的な嫌がらせをしているのだと、そうとしか取らなかった。

「俺は、嫌いだよ」

そう応えるたびに静雄が浮かべる表情を、臨也は無意識に見ないようにしている。
その自覚すらないままに、今や臨也は静雄の存在そのものを拒絶しようとしていた。
真っ直ぐに向けられる視線に耐えられなくなりそうで、溜息を吐く。

「シズちゃん、俺は君の嫌がらせに付き合う気はないよ。そんなことしても無駄――ッ!?」

台詞の途中だというのに腕を取られて、なんだと思う間のなく唇に感触。
え、なに?
突然の出来事に真っ白になった臨也の頭に、静雄が追い討ちをかけた。

「嫌がらせじゃねぇ。俺は、手前が好きなんだ」

後のことを、臨也はよく覚えていない。
焦って何かを口走って静雄の手を振り払ってその場を逃げ出したことくらいしか記憶になかった。










胸が痛い。
臨也は事務所のソファに沈み込み、ぐったりと力を抜いた。

「好きだなんて、信じられるわけ、ないだろ」

自分が静雄に何をしてきたかよく理解している。
だから、静雄が自分に好意を向ける理由が分からない。

「キス、とか…ありえないし」

嫌がらせじゃないと告げられて、混乱して逃げ帰って。
どうしたらいいのか分からないまま、こうやって落ち込んで。
馬鹿みたいだ。そう自分を哂う。

『俺は、手前が好きなんだ』

耳に残る真剣な声を思い出す。

「…俺も、好きだよ、シズちゃん」
「そういうことは本人に直接言うべきじゃねぇのか、臨也くんよぉ?」
「ッ!?」

ばっと勢いよく振り返った臨也の視線の先に、何故か静雄がいた。

「なんで、しずちゃんがいるの…」
「手前鍵掛け忘れてたぞ」

無用心だなと口にする相手を唖然と凝視したまま、臨也はさらに問う。

「なんで、きたのさ」
「手前のことだから無駄に考えまくって、んで俺を避けるのは目に見えてるからなぁ。しょうがねぇから余計なこと考える前に畳み掛けに来た」
「…きみ、ばか?」
「殴られてぇのか手前は」

ぐっと拳を握った静雄に臨也は緩く首を振る。
違う。殴られたいわけではない。
ただ、

「もし俺が、本当に君を嫌いだったらどうするのさ」
「…臨也」
「なに」

思ったことを口にした臨也に、静雄は呆れたように溜息をついた。
手が伸ばされる。
ソファにいた臨也を軽々抱き上げて抱き締めてきて。
臨也は不安定な体勢を言い訳に静雄の首に手を回した。

「…シズちゃん、俺、触っていいなんて言ってないよ…?」
「うるせぇ。手前の嘘なんざ俺には通じねぇんだよ」
「嘘つき。俺が嫌いだって言ったら悲しそうな顔したくせに」
「それは、手前が俺の言葉を信じねぇからだろうが」
「意味わかんない」

本当に意味が分からなくて首を捻ると、静雄が「なんで手前はそんなに鈍いんだよ」と唸る。

「手前が俺を嫌ってないのは分かってたんだよ。だけどな、さすがの俺も今まであんだけ暴力をふるってきたからな。そのせいで手前が俺を信じらんねぇんだと思ったんだよ」
「…シズちゃんから暴力を取ったら何が残るのさ」
「死ぬか?」
「…ほら」
「ちっ」

舌打ちする静雄に、臨也が声を立てて笑う。
その後、打って変わったひどく小さな声で訊く。

「ねえ、ホントに好きなわけ?なんで?だって俺シズちゃんに酷いことしかしてないよ?」
「…そうだな、思い出すとよぉ…すっげぇムカつくんだよなぁ」
「…俺、シズちゃんに酷いこと、これからもたぶんするよ?」
「…お前、本当に最悪だな」
「………」
「だけどよぉ…好きなんだよ。ああそうだ。すっげぇ納得いかねぇけど、俺は折原臨也が好きなんだ」

臨也を抱き上げていた静雄の手がゆっくりと下がり床に足がついて、臨也は静雄の顔を見上げた。
真剣な目が己を見つめていて、臨也は戸惑うように視線を揺らした。
なんでそんな顔してんのさ。信じろって言うのかよ、そんなの、と思うその心情を察したのか。
静雄が臨也の顔を両手で押さえて視線を固定させる。

「何度だって言ってやる、好きだ」

馬鹿みたいに真剣な声で告げられて。
臨也は困ったように眉を下げた。
ああもう分かったよ。分かった。
はふ、と溜息をついて臨也は目を閉じる。

「…あんまり言うと、ありがたみがないよ」

降参だ。君の勝ち。
君は人の目を見据えたまま嘘をつける人種じゃない。分かってる。…分かってた。

臨也は自分をよく理解している。
だから、静雄が好きだという言葉を信じるわけにはいかなかったのだ。
だから、静雄の好きだという言葉に応えるわけにはいかなかったのだ。
相手から与えられる好意に慣れていない臨也はどうしても身構えてしまう。
見返りや裏。そういったものばかりの世界で暮らす臨也には真っ向から向けられる強すぎる感情は手に余る。
何より、いずれ失うくらいなら、いずれ捨てられるくらいなら、最初から手に入れたくなかった。
なのに。

「シズちゃんは、馬鹿だねぇ」
「…手前、もうホント黙っとけ」

臨也の口が静雄のそれで塞がれる。

「ん」

つ、と舌が口の端をなぞり、ぞくりとした感覚に震えて。
臨也は静雄から与えられるまま口を開いて舌を受け入れた。

「ふ…ぅ……っ…ん」

何度も合わせを変えて口付けられて息が苦しいと思うのに、でも止めて欲しくなくて。
とろりと潤んだ瞳を瞬かせて、臨也も自分から口付けを深くする。
舌先を触れ合わせて、名残惜しそうに唇が離されて、くったりと静雄に体重を預けて。
臨也は小さく呟くように静雄を呼んだ。

「ねぇ、シズちゃん」
「なんだよ、まだなんかあるのか?」

不満げな声で言われて、首を振る。
そうじゃない。ただ、

「そうじゃないけど、なんだか落ち着かない」

ふわふわとして現実感がないんだと言ってぎゅうっと抱きつくと、笑われた。

「俺だって別に落ち着いてねぇよ」
「でも、」
「ああもう黙れ」

ちゅっと頬にキスされて、臨也は瞬く。
何度も落とされるそれにむず痒さを覚えて身じろげば、唇を吸われて。
あやされているのだと自覚して、臨也はムッと表情を歪めた。
抗議しようと口を開きかけて、

「…ッ…ん」

また口内に侵入する舌に、それを阻まれる。
反則!それ反則だから!俺に喋らせない気!?
そう言いたいが言えず、代わりにうーうーと唸ると、しばらくして静雄が諦めたように唇を離した。

「手前なぁ」

色気がねぇと呟く声に勝手を言うなと睨みつける。
が、静雄はその臨也の反応にも苦笑しただけだった。

「好きだぞ」

そう、酷く愛おしそうな眼差しでまた告げられて。
臨也は視線を彷徨わせる。
そこでそれは反則だとか、そういう臨也の心を掴む術を直感で知ってるところが嫌だとか。
言いたいことは山のようにあった。
だが、臨也は一つ溜息をついてそれをとりあえず保留することにする。

「……俺も、好きだよ」

そう目線は合わせぬままに言ってやけくそ気味に押し付けた唇が、今の臨也の結論だった。












※誰かを信じることが難しい人の話。


臨也さんが予想以上に乙女なうざやさんになった…。
そして着地点を見失いラブラブさせられませんでした…。ごめんなさい。
書き直し要請はいつでも受け付けますので!
リクエストありがとうございました!