5月4日は、
※2013臨誕その2。シズイザ。

















ふわりと意識が浮上する感覚。
ぼんやりとした思考が次第に鮮明になっていくのを感じながら、臨也は薄っすらと目を開く。
「ん…」
欠伸をひとつ。のろのろと顔を上げてサイドボードの時計を見れば、もう朝と呼ぶには遅く昼と呼ぶにはいささか早い、そんな時間だった。
それを確認して、ぱたりと枕に突っ伏して、呻く。
今の動きだけですべての体力を使い果たした気分だ。
クソ、シズちゃんめ好き勝手しやがって。
心の中で悪態をつく。

昨晩、何の連絡もなくやってきた静雄に流されるまま事に及んだのが、日付が変わるより少し前。
立て込んでいた仕事が一段落して、ようやくゆっくり眠れると思った矢先の事で正直身体はきつかったのだが、久しぶりの逢瀬であったこともあり拒めなかったのは自分も悪い。
そう思わなくもない臨也だが、だからといってここまで体力を奪われるとは予想していなかったのだ。いつも以上にしつこく、丹念に愛された身体は、疲労の色が濃すぎて満足に動かせそうになかった。

「…覚えてろよシズちゃん」
「何をだ?」
「そういうこと、こういう状況で訊いてくる辺りが最悪なんだよねぇ」

近づいてきた足音に気付いて文句を言うが顔は上げない。
本当に、もう指先一本動かすのも億劫なほどだるかった。

「あー…大丈夫か?」
「大丈夫だと思うんだ?へぇ?」
「………」

ベッド脇で止まった足音の主――静雄がため息を吐く。
衣擦れの音とさらに近づく気配に訝しむ前に抱き起こされて、臨也は身に走った鈍い痛みに低く呻いた。
「もう少し優しくしてほしいんだけど」
「うるせぇ、充分優しいだろうが」
ピトリと頬に当てられた冷えたペットボトルは、まあ、確かに静雄なりの優しさなのかもしれないが。しかし、そもそも臨也が動けないその元凶が静雄なのだから当然の奉仕と言えなくもない。
よって。
「これが優しさとか笑わせるなよ平和島静雄。俺は今日久々の休みだったの。そりゃ流されちゃった俺も悪くないとは言わないけど、でもだからって止めろって言っても聞かないで人の身体散々好きなように貪ったケダモノにさも当然のように振舞われるとかすっごく不愉快、最悪の気分なんだけど?」
苛立ちのまま言い放った自分は悪くない、と臨也は結論付けた。

「…後始末だってちゃんとしたし服だって着せてやっただろうが」
「はっ、当然だろ?それが俺の優しさだーとか何とか言う気なら俺は今すぐどんな手段を用いてでも君をここから追い出したいんだけど?ついでに二度と此処には上げないし、二度とさせてやらないから……ああ、なんだったら別れようか?」

さあ、それでも君は自分の非を認めないのかい?
合わせた瞳を睨み据えて問えば、静雄は血相を変えてブンブンと首を横に振る。
「俺が悪かった、から」
「から?」
「別れるのだけは勘弁してくれ」
「ください、だろ?シズちゃん?」
「ください」
思ったよりも遥かに早く、素直に謝罪を口にするということは、多少はやりすぎた自覚はあるのだろう。
最終的には許されると分かっているだろうに、それでも色素の薄い瞳に僅かに覗く不安の色に溜飲を下げ、何だかんだいってシズちゃんってホント俺のこと好きだよなぁ、と内心で呟きながら、臨也は頷く。
まあ、一通り不満を吐き出して満足した。
そもそも、動けないことには苛立っているが怒ってはいないのだ。だから、文句は言いつつも結局許すことに変わりはない。

「水ちょうだい」
「ん?ああ」

すぐに了解した静雄が頷き一つでペットボトルのキャップを外す――と、どういうことか自分で呷った。
「ちょっとシズちゃん何し…っ!」
止める間もなく塞がれる唇。
たっぷり水分を含んだそれがしっかり合わさって、臨也の口内に水が流し込まれる。
静雄の体温で温くなったそれはお世辞にも美味しいとは言えないが、抵抗するだけの体力がないため、諦めて飲み込めば離される唇。濡れた唇を拭う指先に眉をしかめ、臨也は不満を口にする。

「…自分で飲めるんだけど」
「だるいんだろうが」
「だるいけど、口移しは温くなるからヤダ」
「そうかよ」

静雄はそれもそうかと呟いて、今度こそペットボトルを手渡してくれる。
キャップがあいたままのそれを傾け、こくりと飲み込めば、ひんやりと心地よい水が喉を通っていって、臨也は満足げにゆるく息を吐き出した。

「メシ出来たけど、起きられそうか?」
「んー…動けそうにない」

そうか、と短い返事。
直後に抱き上げられてしまうが、それはだいたい予想していたので文句は言わないでおく。
「シズちゃん響くからもう少しゆっくり歩いてよ」
「あ?これでも十分ゆっくり歩いてんぞ」
「誰かさんのせいで腰とか関節がすごく痛いんですー」
「…そうかよ」
そんなことを言っているうちにリビングに着いて、クッションを幾つも置いたラグの上に直接降ろされる。随分用意がいいことで、と思うが口にはしなかった。ついでに顔を洗いたかったし歯も磨きたかったなぁとと思ったが動くのが億劫なので我慢した。
静雄と付き合うようになってから置かれたローテーブルの上には、大きなオムレツを中心に綺麗に盛り付けられた野菜などが乗っている。
寝起きには些か重い量だが、いい香りにつられて食欲が沸く。

「食っていいぞ」
「うん、いただきます」

脇にコーヒーを置いた静雄に言われて頷いて。
フォークを手にとってまずは――と手を伸ばす。と、ふいに、
「そういや、手前何か欲しいものあるか?」
そう訊かれた。
「は?なんで?」
「なんでって、誕生日だろうが」
「あー………ああ、誕生日、ね」
そう言えばそうだったねと他人事のように応じる臨也に、静雄が呆れた視線を向けてくる。
「日付変わった時におめでとうっつったの覚えてねぇのか…」
「はっきり言って、昨夜の俺にそんな余裕は全くなかったんですけど?」
「…それは、ホント悪かった」
「本当にね、もう少し手加減してくれないと困るんだけど?っていうか、そのうち壊されるんじゃないかって結構ヒヤヒヤしてるんだけど?」
「……わりぃ」

しゅんとしおらしい姿を見せる静雄。
あれ?とその姿に違和感を覚えたのは、果たして臨也にとっていい事だったのか、悪い事だったのか。
たしか数ヶ月前。まだ寒い冬の日に同じようなやり取りをした覚えがある。さらによくよく考えれば、昨年にも同じようなことがあった。
…ああ、そういうことか。
無駄に優秀な頭が瞬時に弾き出した結論に納得し、ついでにその結論に呆れ返って。
臨也は、仕方ないなぁと諦め気味に緩く首を振る。

つまり最初から仕組まれていたのだ。
昨晩連絡もなしにやってきたのも、いつも以上にしつこく抱いたのも、怒る臨也に素直に謝ったのも、今の態度も。全部が全部、今の状況を作り出すための工作。
すべては、自分を動けなくし静雄に世話をやかれるのも仕方ないと思わせるための、そうして、静雄のしたいようにするための、呆れてしまうような作戦にまんまとはまったことに、臨也は苦笑する。まさかシズちゃんの思惑に無自覚に乗っちゃってるなんてなぁ。そう思ったところで、今更にすぎた。
普段の態度からは想像もつかないかもしれないが、恋人をとことん甘やかしたい願望を持つ彼は度々甘やかされたくない臨也と口論になって不満そうにしていて。
つまり、これはたぶん、静雄なりに考えた甘やかされざるを得ないシチュエーションというやつなのである。
仕方ないなぁ、と。
もう一度心の中で呟いて、小さくため息を吐き出した。臨也としては、静雄に甘やかされるのはどうにも落ち着かなくて好きではないのだが、ない知恵絞って考えた作戦なのだと思えば今日くらい甘んじて受け入れようという気にもなる。
今度はわざとらしく息を吐き出せば、一瞬静雄は戸惑うように肩を揺らして、それから苦笑した。
悪ぃと小さく呟くような声で言うのは、たぶん臨也が自分の意図に気付いたと理解したから。
ねぇ、ホントは全部分かっててやってるんでしょ?いずれは気付くって分かってて、それでもおんなじ方法を使うのは気づいて欲しいからで、それで俺が仕方ないなぁって許すことまで全部全部分かってて、その上でやってるんでしょ?
そう言ってやっても良かったが、臨也は敢えて言葉を飲み込んだ。

「シズちゃんって、馬鹿なのか賢いのか分かんないよねぇ」

代わりにそんな嫌味を口にして、それで文句を言いたい気持ちに蓋をして。
まぁ今日一日、誕生祝いがわりにせいぜい尽くしてもらおうじゃないかと決める。
そもそも、心も体も言葉も、静雄からもらえるもので欲しいものはもう全部もらっているのだから他に静雄からもらえるものなどそれくらいしか残っていないだろう、なんて自分に言い訳する程度には、自分だって静雄を愛しているのだ。

――だから本当は、好きでいてくれるだけで十分なんだけどさ。

そんなこと口にする気などまったくない臨也は首を傾げる仕草で誤魔化して、

「あーもういいや、今日は俺何もしないから、シズちゃん全部面倒見てよ」
それでいいや。と言えば、静雄は躊躇なく頷いた。
「おう、任せとけ」
「ん…任せる」

最初から臨也がそう言い出すのが分かっていたが故の即答。
じゃあ飯食ったらとりあえず風呂入るか。
と、これからの計画を立てる男を眺め見ながら、ため息をつく。
まあ、年に二回くらいならシズちゃんのしたいようにさせてあげるよ。なんて、上から目線で考えていることも、多分この男はお見通しなんだろうなぁ。
まんまと策略にはまった自分を笑って、臨也は目の前のふわふわのオムレツにフォークを突き刺した。












※5月4日は、自分の誕生日であると同時に実は甘やかしたがりな恋人に付き合う日な臨也さん。