チョコレートキャンディ
※2013バレンタイン。来神時代。シズ⇔イザ。余力なくてぐだぐだですよ…

















ころり、と手の中に落とされたそれに。
静雄は怪訝な顔をして、それと目の前の相手と視線を往復させた。
手の中にはチョコレート色をした飴玉の包み。
目の前には楽しげな笑みを浮かべる天敵の姿。
「シズちゃんにあげる」
なんて、そう言った天敵――臨也は、手の中の飴の袋を振って笑みを深くした。
彼からふわりと漂う香りはチョコレートのそれで。
一瞬どきりと高鳴った心臓を静めようと、静雄は気付かれぬように息を吐く。
違う違う。勘違いするな。この顔は何か企んでる時の顔だ。
そう自分に言い聞かせて、臨也を睨みつける。

「…何企んでやがる」
「おや、酷いなぁ」

酷いのはどっちだ。
誰に貰ったものかは知らないが、今日この日にチョコレート味の飴。
最悪だ、と心の中で呟いて静雄は手の中の包みに視線を落とした。
静雄の気持ちも知らないでどう考えても貰い物の飴を寄越した男は、ころんと音をさせて口の中の飴玉を転がしていて、それがまた気分を暗くする。
誰かから貰ったものを分け与えられたって嬉しくなんかない。もっと言えば、この目の前の相手が自分のためだけに用意したものでなければ、貰っても嬉しくないのだ。
そう思ってしまう自分の心情に余計鬱々とした気分になってくる。
さらに、そんな静雄に追い討ちをかけるように、純粋な同情だよ、と。嘲りを多分に含んだ声音が告げた。
「せっかくのバレンタインだっていうのに、どうせシズちゃん誰にも貰えてないだろうしねぇ?」
「うるせぇ…」
貰えない最大の原因が目の前の相手の暗躍とは知らない静雄は不機嫌に顔を歪めた――もっとも、その不機嫌の理由は臨也が意図したようなものではなかったが。
まあそうだよな。こいつが俺のこと、そんなふうに思ってるわけねぇし。
けど、人の気も知らないで、嫌がらせでこんなもん寄越すとか最悪だ。
じわじわと精神を削られるような苦痛を覚えて、静雄は小さく唸って手のひらの上の飴から視線を逸らした。
いつものように怒る気力すらわかない。
そんなことだろうと分かってはいても、一瞬喜ばなかったといえば嘘になるのだから。
反応の薄い静雄に臨也はすぐに興味を失ったのか、もうひとつ飴玉を口に放り込んでコロコロと転がしている。
しばらく無言でそれを眺めていれば、臨也は苦笑めいた笑みを浮かべて、静雄の顔を覗き込んできた。
そして、至近の顔に驚いて固まる静雄の心の内を知ってか知らずか、その顔をさらに近づけて、言う。

「食べないの?」
「…食べねぇよ」
「ふうん…」

問いに不機嫌のまま応じれば、相手は一瞬眉根を寄せて「そっか」と小さく呟いた。
どうやら、大して面白い反応が得られなかったせいで興味がなくなったらしい。
近づいてきた時と同じくらい唐突に顔を離した臨也は、
「結構おいしいよ?」
とだけ言って、じゃあ俺次の授業サボるからとさっさと教室を出て行ってしまった。
その背中を黙って見送って、静雄はため息を吐く。
どうせ次戻ってくる時にはまた手の中に見たくもない包みを持っているんだろうと思うとムカムカしたが、だからと言ってどうすることもできなくて。
そんな臆病な自分を心の中で嘲笑ってそれにまた落ち込んで、と負のループを繰り返す。
そのまま何度か静雄が同じループを繰り返していると、ふいに声がかけられる。

「静雄くん大丈夫?」
言葉に反してまったく気遣う気配のない友人が近寄ってくるのに、「大丈夫じゃねぇよ」と返せば苦笑された。
「つか、何なんだよあの野郎」
「まあまあ。大体臨也はいつもあんな感じだよ?」
「…分かってるけどよぉ」

うな垂れる静雄を眺め見る新羅は、たった一人彼の気持ちを知る人物だが慰める気などさらさらないらしい。
そんな薄情者にいつもなら文句のひとつもいうところだが、思った以上にへこんだ精神にはその気力すらないようで、結局静雄の口から漏れたのは長い長いため息だけだった。
それを眺め、ホント素直じゃないよねぇと呆れ混じりの声音で吐き出す新羅に何のことだと首を傾げたが、新羅はそれには答えない。
答えず、僕も朝からこれは誰々に貰ったといちいち人物考察を含めて解説されて迷惑だったよとどうでもいいことを話す彼は、ふと思い出したかのような顔で静雄の手の中の小さな包みを見た。
妙に芝居がかった動作でのそれに違和感を覚える間もなく。
「…あれ?でも臨也、確かキャンディーは貰ってなかったよ」
にんまりと笑った友人が、楽しげにそう口にする。
その言葉の意味を考えるより先。友人の視線の先を追えば小さな紙袋に詰め込まれたチョコレートたち。
無造作なそれにくれたやつに失礼じゃねぇか、と思わなくはないけれど。
それよりも静雄の気を引いたのは、綺麗にラッピングされたままのその存在だった。
ひとつたりとも手を付けられていないのだろうと分かるそれらと、自分の手のひらに転がされた小さな包みと。
ふたつの間で視線を往復させて、静雄は眉根を寄せる。
ひとつだけ、ラッピングもなく買ったままの袋に入った飴。
それの意味するところが何なのか。
たっぷり数十秒考えて、静雄は目を瞬かせた。

「…追いかけなくていいのかい?」

呆れるような、面白がるような。からかい混じりの声音で言った新羅に舌打ちひとつして、静雄は席を立つ。
ある意味臨也以上にたちの悪い友人のいってらっしゃいと笑う声は無視だ。
自分の想像が正しいかどうかなんて分からない。
間違っていればとんだ赤っ恥だ。
そう分かっているのに、すでに見えなくなった背中を追って急く足は止まらない。
手の中の包みがそういう意味である可能性なんて万に一つもないかもしれない。相手と自分の気持ちが同じである可能性もまた然り。
ただからかわれただけである可能性のほうがはるかに高い。
ころりと手の中で転がるそれはあまりに小さくて、確信は持てないけれど。

――でも、それでも。

一度胸の中に生まれた微かな希望は、落ち込んでいた反動かのように消せそうになくて。
今すぐに確かめずにはいられそうになかった。