Happy Birthday, My Dear
※2013静誕。シズイザ。タイトルと内容は無関係。あと原作時間軸は一切無視。

















半年前。恋人が急に旅行に行くと言ってそのまま行方を眩ました。
なんて言えば、それなりにドラマ的だったかもしれない。
まあ、実際のところは事件性も何もない長期渡航なだけで、ふらふらと糸の切れた凧のごとく海外を渡り歩く奴は、ほとんど連絡も遣さなかったというただそれだけのことだ。
そんなものだと諦めが付いたのは、奴が日本を発って3ヶ月が過ぎた頃で。
半年が経った今では、もう連絡がなくても仕方ないと思うようになっていた。

「って言えれば良かったんだけどな」

言える訳ねぇだろうが、あの野郎。
と悪態をついて。
俺――平和島静雄は、何もない中空を睨み付けた。
最後に連絡があったのはそれこそ1ヶ月前。次は南の方に行ってみるよ、とだけ書かれた絵葉書には何処だかも分からない町並みの写真が写っていた。
自分の方から相手――臨也に連絡する手段はない。
馬鹿なことしでかしてないだろうなとか、いつ帰るんだとか。
訊きたいことも言いたいことも、山のようにあるというのに。
そんなふうに感傷的になってしまう自分に、溜息しか出てこない。
それもこれも、臨也が悪い。
毎年毎年、頼んでもいないのにこの日だけは必ず顔を見せていた男が、隣にいない。
それがこんなに寂しいことなのだと、俺は初めて知った。

今日は、1月28日。俺の生まれた日。
いつも、恋人になる前でさえ騒がしく俺の誕生日を祝った…いや、あれは祝ったというか呪った?か?…男がいないだけで、すべてに置き去りにされた気分になるのはどういうわけなんだろうか。
そんなことをぼんやり思いつつ、また溜息。
…そもそも、あのノミ蟲のことだ。俺がこんな気分になっているなんて思いもせず、誕生日など綺麗さっぱり忘れて大好きな人間観察に勤しんでいるのだろう。
「…別に、祝って欲しいわけじゃねぇけど」
そもそもいつ帰ってくるとは言わなかったのだ。最初の頃に貰った葉書の文面からして、1年やそこらは日本に戻る気はないんだろうと察することは難しくなかったことだし。
仕方ねぇよなぁ、約束したわけじゃねぇし。
自分に諦めさせるためにそう思ったところで心が納得するわけじゃないことは分かっている。
結局、落ち込んだ気分のまま何もする気が起きなくて、ただぼんやりするだけだ。

と、何か耳障りな音がした。
…無視だ。今日はもう何もしたくねぇ。
やっぱ思った以上に堪えているらしいと自嘲して、目を閉じようとして。
そこで、聞こえてくる音の種類が変わったことにようやく気が付く。
がちゃりと錠の回る音。次いで、ノブの回る音とドアの開く軋むような音。
がばりと顔を上げた俺の目に飛び込んできたのは、ドアの隙間から呆れたような顔を覗かせる想い人の姿だった。

「シズちゃん、いるならちゃんと出てよ。もし鍵持ってなかったらどうするのさ」

そんなことを言いながら靴を脱いで部屋に上がってくるのを、唖然と見つめ続ける。

「…なんで」
「?…何が?」
「当分、帰ってこねぇと、思ってた」

正直に思ったままを口にすれば、返ってきたのは小さな苦笑。

「まあ、俺もそのつもりだったんだけどさぁ」
ギリギリ、手を伸ばせば届くギリギリの位置で止まった臨也は小首を傾げて言う。
「ちょっと用事があって一度戻ってきたら、丁度1月28日でさ。そういえば今日シズちゃんの誕生日だったよなーって思い出したから」
寄ってミマシタ。
なんでもないことのようにさらりと話すこいつからは、本心は読み取れない。
本当なのか、嘘なのか。
ただ偶然今日だったのか、わざわざ戻ってきたのか。
半年経っても相変わらず読めない相手に苛立ちを覚えるが、それは深呼吸でいなして、
「…そうかよ」
それだけ返せば、臨也はくつくつと笑う。
「うっわ嫌そうな顔。そんなに俺に会いたくなかったんだ?そっかぁ」
俺の顔を覗きこんだまま目を細めてひとつ頷いて、するり、と視線が逸らされた。

「じゃあ、プレゼントもないしもう行くよ。せっかくの誕生日に嫌いな奴の顔なんて見たくないだろうし!俺ってば優しいなぁ!」

…前言撤回。結構、分かりやすいかもしれない。
視線を逸らす瞬間、揺れた瞳も、僅かに変わった表情も。全部見てたから、分かった。
つか、なんでこう素直じゃねぇんだろうなこいつ。あからさまに落胆したくせに、一瞬で表情を取り繕いやがるから分かんねぇんだよ。たぶん半年前なら見落としてた。気付かなかった。でも、今は一瞬の表情も見逃さないようにしてたから、分かった。
最初からしっかり見てれば分かったのかもなぁなんて、さっきまでの苛立ちも忘れて思いながら、
「待て、この馬鹿ノミ蟲」
立ち上がって手を伸ばして。
出て行くべく足を玄関に向けた奴のファー付きコートを掴む。
「ちょっと、フード掴まないでくれないかな?」
「うっせぇ」
そう言うくせに逃げねぇのは誰だよ。
口では文句を言うくせに、まるきり抗う気のない男の身体を引き寄せて、抱き込んでみる。
「ちょっ、シズちゃん!?」
驚いて慌てた声を出すくせに、やっぱり抵抗はない。ホント、素直じゃねぇ。

「黙って大人しくしてろ。プレゼントも持たずに来やがったくせに」
「意味分かんないんだけどっ」
「だから、プレゼント代わりに抱き締めさせろって言ってんだよ」
「なに、それ…」
「うるせぇ、俺にも訳分かんねぇよ」

でも、それだけで満足しそうなぐらいなんだよ。ああクソ、半年ってやっぱ長いんだな。
抱き締めた体温も仄かに香る甘い匂いも懐かしい。
ほんのり赤く染まった耳が、嫌がる素振りでその実嫌がっていないその反応が、懐かしい。

「とにかく、一回放してよ」

そう言って睨みつけてくる照れを僅かに覗かせた顔が、懐かしくて堪らなくて。
もっとよく見ようと抱き直そうとしたのがいけなかった。
さすがにこれ以上ただ抱き締められていることに耐えられなかったのか。僅かに力が緩んだ隙を見逃さず、腕の拘束からするりと手品のように抜け出した臨也に一瞬驚いて、それから慌てて手を伸ばすが紙一重で逃げられる。

「逃げんな」
「逃げてないし。これは戦略的撤退ってやつだし」
「プレゼント代わりなんだから大人しく抱かれとけっつってんだろうが」
「いやそもそも俺君の誕生日祝いに来たわけじゃないしね?寄っただけだからそこのところ間違えないように!」
ビシッと指を突きつけて言う奴の耳は真っ赤だ。初めて知ったが、ひょっとして、ただの抱擁の方が恥ずかしいとか思うタイプなんだろうか?ベッドじゃ積極て…いや、今はそれは置いておこう。
「…へぇ、本当にそうなのかよ?そりゃあわざわざご苦労様だなぁ?」
「ッ」

にやりと笑って言ってやれば、キッと鋭い視線で睨まれた。
結構本気だ。殺意が篭っているといってもいい。
そんな視線に晒されて、少し浮ついた気分が落ち着いた。
…いや、そんなにわざわざ祝いに来たって言うのが嫌なのかよ。訳分かんねぇ。
からかい続けていればいずれボロを出すのは…すでに出ているし…経験則で分かっちゃいたが、殺意まで向けられてはさすがにからかう気も失せる。何だか急に冷めた。
あー畜生。ホント、思い通りになんねぇな。なんて思いながら。
相変わらずの侭ならなさに何だかどうでもよくなってどかりと床に腰を下ろせば、臨也が戸惑うような顔をする。
だから、そんな顔するくらいなら素直になりやがれ。

「…シズちゃん気が長くなったね」
「まあ半年前に比べりゃそうかもな」
「ふうん」

不満そうな顔。
たぶん、自分の知らないところで俺が変わったのが気に喰わないとかそんなとこなんだろう。
別に変わったわけじゃねぇよ。今のとこ逃がす気がねぇから本気で追っかけてないだけだ。
そのまま黙って見つめ合うこと数分。
ふいに何を思ったか臨也がきゅうと眉根を寄せて俺を睨み付けた。
そして、表情はそのままずかずかとこちらへ向ってくる。
何をするのかと黙って見ていれば。
わざわざ後ろに回ったそいつは、俺の真後ろにすとんと腰を下ろした。
すぐに背中に掛かる重みと、服越しに伝わる体温。
所謂背中合わせというやつなんだが…ホント、素直じゃねぇ。


「素直に祝いにきたって言えねぇのかよ手前は」
「……うっさいな」

先の会話を蒸し返し、からかうように言ってやれば。
背中越しに返る声は、ふてくされたような、照れたようなそんな響きで。
俺はくっと喉を鳴らして、仕方ねぇなと呟く。
どうせこの男が素直になんてなれるはずないのだから、まあ仕方ない。
そう思って。半年振りの背中の重みと温度を堪能する。
素直じゃない男が痺れを切らすまで、そう長くは掛からないだろうから。
どのタイミングで抱き締めてやろうかなんて考えながら待つのは、そう悪い気分じゃなかった。












※素直じゃない大人がふたり。