プレゼント
※2012臨誕。2個目。シズイザだと思う。

















呆けた顔で自分を見上げる相手に、静雄はついつい笑いそうになった。
「ほら、口開け」
そう再度促しても、臨也の表情は変わらなくて。何が起きているのかまったく分からないという顔でそれでも状況把握に努めようとしているのか、やたらと瞬きを繰り返している。
無防備なその姿がどうにも静雄の笑いを誘う。

臨也の事務所、そのソファーに静雄と臨也は並んで座っていた。
静雄の手には卵粥の乗ったレンゲ。
臨也の両手首には固定するようにきつく巻かれた包帯。
そこに先ほどの言葉と来れば、必然どういう状況であったかが分かるというものだ。

「おい、さっさと口開け」
「…本気?」

困惑が失せあからさまな警戒をみせる臨也に苦笑して静雄は頷く。

「手前は今手が使えねぇんだから、こうやって食わせるしかねぇだろうが」
「……誰のせいだと思ってんの」
「俺だな」
「………」
「だから責任とってやってんだろうが」
「………」

そんな会話の後しばし睨み合いにも似た視線の応酬を続けて、先に折れたのは臨也だった。
はふ、と息を吐き出して促されるまま口を開く。
それに合わせてレンゲを運んでやって、静雄はいつもこうなら楽なんだけどなとまた笑った。



事の起こりは数時間前。
新羅から貰った電話に始まる。
“臨也がケガをしたんだけど”
そんな言葉で始まった闇医者の電話をさっさと切らなかったのは、ひとえに静雄が折原臨也という男を好きだったからに他ならない。そう。反吐が出るとしか言いようがない最低最悪な性格の臨也に何を間違ったか静雄は惚れてしまっていた。
もちろん腹も立つし今までされた数々の諸行を思い返せば殺意も沸くが、それ以上に惹かれていた。だから、“臨也のお見舞いにおいでよ”という友人の誘いについつい乗ってしまったのだ。
しかし、まさか、その見舞い先でうっかり臨也の挑発に乗ってしまい元々捻挫していた右手に加えて左手まで罅を入れてしまう事態になるとは想像もしていなくて。
きっちり責任とって面倒を見ることと、新羅に言われることになるとは最初は予測もしていなかった。もっとも、“君にしてみれば役得でしょ?”といわれた台詞に反論できなかったあたり、静雄的にはそう不本意なものではなかったのだけれども。
“それに僕から臨也へのプレゼントにもなるし”と続けて小さく呟いた友人の思惑がどこにあったのかは知らないが、この一連の流れが現在の状況へ至った理由であった。



「ごちそうさま」
「おう、お粗末さま」
結局静雄の手から与えられる卵粥を完食した臨也は満足そうに目を細めている。
それを確認して、静雄はさて、と考えた。
新羅曰く、自分の看病は臨也へのプレゼントであるらしい。
そう友人が言った理由はとうの昔に知っていたが、静雄としては焦る気はなかったのだ。

“折原臨也は自分――平和島静雄のことが好きである”

その事実にはずいぶん前から気づいていたし、自分の気持ちも考えればこれが所謂両片想いというやつなのか、と思ったりもした。
でも、臨也は必死に自分の気持ちを静雄に隠していたし、それならまだ早いと静雄も気持ちを隠してきた。下手を打つよりこのまま現状維持の方がいいかとさえ思いもしている。
だけど。

――こいつはある意味、チャンスってやつなんだろうなぁ…

二人の共通の友人である新羅が言外に込めたのは、そろそろ向き合ってみたら?とかそんなところなのだろう。
せっかくくれた機会だしなぁ、と思わずにはいられない。
奇しくも今日は5月4日。臨也の誕生日であるこの日だということも、口実としては申し分ない。

「なぁ、ノミ蟲」
「…何かなシズちゃん」
「今日、手前の誕生日だろ」

切り出した言葉、その内容に。
臨也はきょとりとして、静雄に視線を合わせてきた。
真意を測るようなそんな目に、自然苦笑が漏れる。

「そうだけど…何?」
警戒心バリバリの野良猫みたいな反応だな。
そう思った途端、やけに臨也が可愛く見えしまって、一瞬緩みそうになる気を何とか保とうと引き締める。
この男は人の言葉尻を捉えて本題から逸らさせ煙に巻くのが得意なのだから警戒が必要だった。
「誕生日だから、やろうと思ってるものがあるんだけどよ」
「………シズちゃんが?」
「おう」
「………」
はは、すごい警戒の仕方だな。
あからさまに警戒してます、という顔になった臨也に静雄は苦笑を深くして、自身を落ち着かせるために深呼吸する。
「だけど、その前に手前に言っときたいことがある」
静雄は目の前の想い人と違い、言葉を弄するのが得意でない。
だからこそ、飾らずにただ自分の伝えたいことだけを伝えようと決めていた。

「手前が素直じゃないことはよく知ってるし相当捻くれてることも知ってる」
「………」
「いっつも本心を隠して、馬鹿の一つ覚えみたいに死ねだの何だの口にすることも知ってる」
「…シズちゃん?」
「何でそんなことしてんのかだけはよく分からねぇけど、多分手前も相当悩んだんだろうとは思う」
「……っ、しずちゃ」
「黙って聞け」
焦りを帯びた声で遮ろうとするのをより強い口調で止めて。
「でもよ、もういいだろ?」
断定の声音で問いかける。
そして間を空けず、動揺を隠せない特徴的な色の瞳を覗き込んで、一言一句、決して相手が聞き漏らさないように告げた。

「いい加減、俺のもんになっとけ。代わりに俺もお前のもんになってやるから」

「…な、に言ってんの」
「手前が俺を好きなのくらいとっくに知ってんだよ」
手前も、俺が手前を好きなのは知ってただろうが。
そう言ってやれば、大きく目が見開かれる。
やはりと言うか、臨也は自分の気持ちが知られているとは思っていなかったらしい。
ひゅっと息を飲み込んでただ硬直するその姿が何だか酷く可愛く映って、静雄は臨也に手を伸ばしていた。
そっと、驚かせないように頬に触れた指先にピクリと反応が返る。

「なぁ臨也、いい加減覚悟決めろよ」

至近距離での囁くような声に真っ赤になる顔。
ああ、チクショウ可愛いじゃねぇか。最低最悪な性格のこいつに惚れた自分を馬鹿だと思ったこともあったけど、こんな顔を見れるのならそう馬鹿なことじゃなかったのかもしれない。
そう思えるほど、静雄の目には今の臨也は可愛く見えた。
「臨也」
名を呼ぶ声に含まれる甘い響きに自身で苦笑して、続ける。

「好きだ」

誕生日プレゼントに俺をやるから。だから。
お前も俺のもんになれ、ともう一度、今度はほとんど宣告のように告げた静雄に。
臨也はしばらくの間困惑の表情で視線を彷徨わせ、何度か静雄の方をちらちらと見て。そして、最後に俯いて、こくんと頷いた。
それを確認してすぐさま、静雄は臨也を抱き寄せる。もごもごと何事か文句を言って手で押し返そうとするのには一切構わず腕の中に囲ってしまったのは、今まで我慢してきた反動というやつだ。

最終的に抵抗に疲れた臨也が大人しくなるのを待って、耳元に唇を寄せて。
ちなみに返品は不可だからなと、囁くように言う静雄に。
臨也は少しの間沈黙して、それから、
「返品なんてするわけないだろ」
という言葉を遣して静雄を喜ばせたのだった。












※どっちが祝われてるのか分からない感じの誕生日の話。