BIRTHDAY
※2012臨誕。シズイザ。

















『誕生日は空けておけ』なんて言われたところで、そんな言葉に従う理由はないと臨也は思っている。
仕事があれば誕生日だろうがなんだろうが関係ないし、この歳になってまでわざわざ誕生日を祝って欲しいと思ったこともない。
だから。臨也は静雄にきちんと断りを入れて、その日も普通に行動したのだった。

――だというのに。





「なんで待ってるかなぁ君は」
臨也が事務所に使っているマンションの前。
壁に寄りかかるように待っていた男に、臨也は溜息をついた。
「俺、君に今日は無理だってって言ったよね?」

不機嫌そうな相手の顔を見てそう口にすれば、

「うるせぇ、遅いんだよ手前」
と返される。理不尽だ。
「まだ9時だよ」
「夜のな」
「………」

確かに夜だが、だからどうだと言うのだ。
今日は仕事だとちゃんと言ったんだから知るか。と、言ったところで通じないのは経験から分かっている。この男は臨也の言葉など結局まともに聞いてはくれないのだ。
「そういや手前、誕生日プレゼントとか貰ったのか?」
案の定というか。唐突に話題転換されてまた溜息。
しかしそれにしても…。
「なぁに?俺が誰にも祝ってもらえないと思ってきてくれたわけ?でもお生憎様。祝ってくれる人くらい俺にもいるんだから」
失礼にも貰っていないと断言するような口調で言われて、さすがに機嫌が急降下する。一気に増した不快感にシズちゃんなんかに祝って貰わなくたって構わない、と言った臨也は自分は悪くないと断言できた。
が。何故か相手からの反応はない。臨也が発した言葉に硬直して、それきりだった。
あれ?なんか地雷踏んだ?とか思いつつ待つことしばし。
「……誰だ」
低い低い声でそう問われて、
「え?」
「誰に祝ってもらったんだって言ってんだよ」
さっさと吐けと脅すような調子で言う静雄に、臨也は首を傾げた。

「誰って、四木さんとか新羅とか……あ、あとドタチンも」
「門田…?」
「うん、偶然会ってね。そういえば今日だよな?って訊かれてさ」
お寿司おごってもらったんだけど、とまで続けて、そこで臨也はようやく静雄の様子がおかしいことに気づく。
何か考えるように黙り込んで見つめてくる目は、不穏な色を宿している気がした。
「………」
「…シズちゃん?」
おずおずと名を呼べば、ギロリと睨まれる。

「手前は…っ」

叫ぶように言って、静雄が臨也に手を伸ばす。
突然のことに反応しきれず腕を掴まれてそのまま引き寄せられて。
「ちょっ、シズちゃん何してんの!?」
何故か、肩に担ぎ上げられた。
鍵を出せと威嚇するような声で言われて怯んだ隙に、手の中に握り込んでいた鍵を取り上げられてしまう。
鍵を開けてエントランスに入り込む静雄は堂々としたもので、誰もいなくて良かった!と混乱した頭で考え、いやそうじゃないだろ自分と思い直す。

「シズちゃん下ろしてよっ」
「あ゛?知るかよ」
「ちょ、ホント意味わかんないんだけど、下ろせよッ」

抗議の声は無視されて、そのままエレベーターに乗って部屋、さらに寝室まで直行された。
ドアを乱暴に開けて寝室に入った静雄に、臨也は戸惑いを隠せず恐る恐る問う。

「…本当に何なのさシズちゃん?俺…何かした?」
ぴたりと静雄の動きが止まる。
「し、しずちゃん?」
「〜〜〜ッ…うるせぇッ手前が悪ぃんだよ!手前はおとなしく俺に祝われとけばいいってのに、他の野郎なんかにッ」

………。

「……しず、ちゃん?」
意味が分かりません…あ、いや、君が嫉妬深いのは知ってるし分かるような気はするんだけど、でもあの…そこまで怒るようなことですか?と、そう思ってしまった彼に、静雄が盛大に溜息を吐き出した。
「…大体よぉ、こういう時は、恋人なんだからよ…普通優先するだろ」
「……いや、俺仕事あったし」
「うるせぇ黙れ」
「横暴」
「…俺が!祝いたかったんだよっクソッ」

叫んだ静雄にぼすっとベッドに放り投げられて。
抗議の言葉を口にする前に上に覆い被さられる。
その見下ろす視線は予想よりはるかに強い嫉妬を滲ませていて、聴かされた言葉を頭の中で数度反芻した臨也は息を呑んだ。

「祝い、たかったの…?」
「当たり前だろうがっ!」

叫ばれて唖然とする。
だって静雄が自分の誕生日を祝いたかったなど、思いもしなかったのだ。
一応相思相愛といっても差し支えないとはいえ、臨也と静雄は基本的にそりが合わない。顔を見ればかなりの確立で喧嘩になるし、あまり長時間一緒にいて静雄にとっていいことなどないはずなのだ。
だから、誕生日の一件は『恋人なら普通はそうする』的な静雄の思い込みによるものだと考えていた。律儀な男だから別に祝いたくなくてもそれくらいしようとしてくれているのだろうと思ったからこそ、断ることに何の問題はないと思っていたのに。なのに。

「俺の、誕生日だよ?」
「んなことは分かってる」
「いつもみたいに喧嘩になっちゃうかもしれないのに?」
「……一日くらい、何とかなる………たぶん」
「いや無理に決まってるだろ」
「やってみなきゃ分かんねぇだろうが」
「………そこまでして祝うようなものじゃないよ?」
「俺にとってはそこまでしたいものだったんだよ」
「…………」

頬をそっと指でなぞりながら諭すように言われて、臨也は困惑したまま静雄を凝視する。
まっすぐに見つめてくる瞳は真剣そのもの。
元々嘘の下手な男だ。本気であることはすぐに分かった。
ああもう、と今度は臨也が溜息を吐く番だ。

「………君、馬鹿だよね」
「ああ?どこがだ」
「どこもかしこも」
「…どうやら誕生日を命日にしてぇらしいなぁ?臨也くんよぉ?」

剣呑な声でそう言いつつも、そっと触れてくる手は優しくて。
不覚にもちょっと感動してしまった。
ああ、この男はひょっとしたら自分が思うよりもずっと、自分のことを大切に思ってくれているのかもしれない。
そう思って、その事実がじんわりと胸に沁みこんできて。
臨也は困ったように小さく笑う。
「…おい?」
沈黙を不審に思った静雄が上げる声が、やけに耳に心地よくて。
不思議なほど暖かい気分だった。

「…すき、だよ」
「え?」
「シズちゃん、大好き」

ふんわりと笑って手を伸ばして。
心のまま告げた言葉に嘘偽りはなく。
「っ!!!」
真っ赤になった静雄が慌てて視線を逸らすのに笑って。
臨也はそっと静雄の背に手を回した。

「シズちゃん、もうすぐ誕生日終わっちゃうけど、わがまま言ってもいい?」
「…し、仕方ねぇから聞いてやるよ」
動揺を隠し切れない声音で早口に返される返事。
それすら愛しく感じて目を細めて、臨也は相手の耳元に小さく囁く。

「日付が変わるまで、一緒にいて?」

僅かな沈黙。
即応されないことに不満を覚えて何か言ってやろうと開きかけた口は、音を発する前に静雄の身動ぎで遮られた。
顔が見える程度に身を起こした静雄のその表情は呆れましたといわんばかりで。
さらに何故だか盛大な溜息まで降ってきた。
手前って普段我侭なのに時々妙に欲がないっていうか…とか呟いているのに首を捻る。
そうして一頻りぶつぶつと呟いていた静雄ではあったが、臨也が焦れて文句を言い出すより先に顔を上げた。
その顔に浮かぶのはずいぶんと優しい苦笑。
その表情の意味が分からず怪訝な顔をした臨也の額にそっとキスを落として。
静雄は、ホント手前は仕方ねぇよなぁと呟いた。


「日付が変わっても側にいてやるよ」












※付き合い始めて最初の誕生日の話。


甘いの目指して挫折しました。毎度のことですが臨也さんが鈍すぎる…