欲しいものはなんですか?
※2012静雄誕生日記念。シズ→イザ。

















「今日シズちゃん誕生日だよねぇ?」

それは、追いつめられてとっさに出た言葉だった。
1月28日――静雄の誕生日。
仕事を終えて帰ろうとした臨也が静雄に見つかって例の如く追い回された、その結果。
ちょっとした油断とミスで捕まった手首の骨が軋むのを感じて、慌てて開いた口から飛び出した言葉だった。

「――あ゛?」

青筋を浮かべた目の前の化け物が、鋭い視線を僅かに緩める。
唐突すぎる台詞にどうやら静雄の怒りが僅かに目減りしたらしい。
手首の痛みがマシになったことにほっとして、臨也は間近にある彼の顔を見上げてできる限り余裕に見えるだろう笑みを浮かべて小首を傾げてみせた。

「君、今日誕生日でしょ?だから、特別にひとつだけお願いを叶えてあげるよ。…あ、でもボコらせろとか、死ねとかは嫌だからね?」
口にしたのは、今現在さらされている暴力から逃れるための言葉。
それ以上でも以下でもない。
苦し紛れに口にしたに過ぎないそれに静雄の気が少しでも逸れたら逃げるつもりで。
臨也は気付かれないよう平静を装いながら眉根を寄せる静雄を窺った。
それに対する静雄の逡巡は僅か。
隙を見出す間すらなく、掴んだままの手首を引いてひょいと細身を担ぎ上げる。

「ちょ、えっ?な、なにっ、シズちゃん何してんの!?」

肩に担がれて慌てふためく臨也に静雄は何も答えない。
口を開くことなく歩き出した彼は、煩く喚く臨也に構うことなくただ黙々と歩を進めるだけだった。








「うん、意味わかんないんだけど」
何が何だかか分からないまま連れて来られた静雄のアパート。
後ろから自身を抱きしめる男に。
臨也は最初焦って、次に困惑して、さらに離せと喚いて暴れて、そして諦めた。
どうしたって離してくれない気らしいのだ。
黙れ、騒ぐな、大人しくしてやがれ。そんな台詞と共に腕の力を強められては黙るしかない。
これ骨かどこか痛めてるよなぁ…とか思うほど鈍い痛みを訴える身体に溜息しか出てこない。

「ねぇ、シズちゃん。何なのさこれ?」
「…別にいいだろうが」
「……何が別にいいのか分からないし、俺はよくないし」
「…誕生日プレゼント、くれるって言っただろうが」
「えー…何が誕生日プレゼントなのか理解できないんですけど」
「うるせぇ、一日くらい静かに過ごさせろ」
「………」

つまり、俺が目のつく場所でおとなしくしてるのが一番安心ってことかよ…。そう思って、臨也は溜息をついた。
自分より体温の高い男の腕の中は――相手が同性であることを差し引いても――そう悪くない。
”追いかけっこ”の疲れと相俟って、眠気を誘う心地よさだ。
だから、敢えて逃げ出さなくてもいいかと思ってしまう自分に、臨也は相手に気づかれぬように苦笑する。
この男は間違いなく自分の天敵なのだが、どうにも攻撃されないと分かっていると緊張感を持ち続けられなかった。
臨也は殺す殺すと毎回毎回顔を会わすたびに言うこの男が、本当の意味で自分を殺せるとは思っていない。化物のくせに優しくて甘いこの男は、結局傷つけることは出来ても命を奪うことは出来ないのだと確信を持っていた。
そして、この腕は今自分を傷つけることはしないと妙な確信も持っていたから。だから、臨也は後ろから回された腕に危機感を抱くことなくこうしていられる。
しかし一方で、そこで思考を止めてしまうから、彼はいつまで経っても“静雄がこうした理由”には気付かないのだ。

「シズちゃん」
「…なんだ」
「もう少し腕緩めない?」

この体勢さすがになんか嫌なんだけどと呟く臨也は、可能性にすら気付いていない。
本当に分かっていないのだ。
静雄がこうしていたい理由を。その胸にずっと巣食う感情を。
だから、途方に暮れたような顔で深い息を吐き出した静雄の、その感情の動きにも全く気付きはしない。
ただ不審気な表情を隠しもせずに首を傾げるだけで。

「ねぇ…」
「黙ってこうされてろ、それだけでいい」
「………」

なんで、そんな顔するの?
と、そう思う。
時々自分を前にこういう顔をする相手は、何か言いたそうなのにいつも何も言わない。
訳がわからないなぁ。そう思って、静雄の心を分析しようと試みて。
だが十秒と考えないうちに臨也は考えることを放棄した。
考えるだけ無駄。自分には静雄の心など理解する必要もない。
そう静雄が聞いたら密かに落ち込みそうなことを考えて、臨也は横目で静雄を見た。
彼はといえば、いつの間にか表情を緩めていて。
視線が合って、何となく慌てて逸らす。

――…うん。落ち着け俺。シズちゃん相手に焦ってどうするんだ。

意味もなく騒いでいる心臓に静まれと念じて小さく息を吐く。
そもそも、こうしてる理由はないはずなのだ。別に見えるとことにいれば離れてたって問題はないはずで、わざわざ男同士でここまで密着する必要性などどう考えてもないはずである。と、内心の動揺が収まった情報屋は静雄の気持ちなどまったく気付きもせずひとり首を傾げる。

「…し…、…」
相手を呼んで指摘しようとして、その声はたった一音で終わった。
どうしたものか。ふむと考えて、次いで溜息をつく。
時折静雄が見せる表情の理由を臨也は敢えて訊かない。同様に、今回もこの行動の理由を訊く必要はないだろう、と。静雄が自分に向ける感情に好意的なものなどあるはずないと思い込む彼は、まあシズちゃんがそれでいいならいいかと深く考えもせず再び思考を放棄した。
腕に囲われて窮屈ではあるが、暖かいし、そう悪くない。それに、理由は分からないがこの空気を壊すのが惜しい気もする。
だから、今だけ。彼の誕生日の今日だけ。
本当は争いなど嫌いなこの天敵に、平穏をプレゼントしてもいい気がした。

そもそも考えたってあまりにも自身とかけ離れた静雄の心など理解できるはずもない。
そう決めつけて、もう一度穏やかな表情で目を閉じる静雄の顔に視線をやって。

「へんなシズちゃん」

小さく嘆息した臨也は、力を抜いて自分を包み込むように抱きしめる腕に体重を預けたのだった。












※毎度おなじみ、鈍い臨也さん。


シズちゃんハピバ!ということで、誕生日に臨也さんをぎゅうってする権利を(無言で)要求してみる片想い静雄さんでしたー。…祝ってない自覚はあります…