とある森のありふれた話 クリスマス編
※2011クリスマス。シズイザ? 静雄獣化注意!とりあえず特殊設定。

















それは、とある森の奥深く。
今年もじきに終わろうという雪に覆われた季節のこと。





「臨也くん臨也くん!」

ボスンと後ろから抱きついて――というよりタックルしてきた兎耳の少年に、臨也は盛大にため息をついた。
「うるさいよサイケ」
引き剥がそうにも力はうさ耳少年――サイケの方が強い。
その事実に一瞬落ち込んで、臨也は長い黒い耳を無造作に掴んで引っ張った。

「痛い痛い!酷いよ臨也くんっ」

相手にするとつけあがるから、抗議の声は無視だ。
こう見えてもこの森では『強い』部類に入ると自負する臨也を全く恐れないこの兎はだいたいいつもこの調子で。
いい加減自分が『ニンゲン』で『魔法使い』でサイケより強い『補食者側』であることを理解してもらいたい、と臨也は常々思っていた。
痛い酷いと騒ぐ状況を理解していない兎に、もう一度ため息をつきつつ手を離す。

「うう…痛い」
「離れろ」
「やだ」
「……」

ぷいっと顔だけ反らして拒否の意志を明確に示すサイケ。
こいつ兎鍋にしてやろうか…。

「ねぇ、サイケ――」
「あのね、臨也くん」

言葉はほぼ同時。
三度目のため息をこぼして、臨也はやれやれと首を振った。
負けだ。
そもそもこいつに勝てたことない気がすると憂鬱になる。

「……なんだい」
「クリスマスプレゼント買って?」
「………君は子供じゃないんじゃなかったかい?」
「子供じゃないけど!でもプレゼントは欲しいの!」

主張する兎は予想以上に真剣な顔である。
まったくどこでクリスマスなんて知ったんだ。面倒だなぁ。
そう思うが、いつまでも引っ付かれていては鬱陶しいので一応問うことにした。

「…一応聞くけど、何が欲しいんだい?」
「津軽にね、マフラーが欲しい」
「マフラー?…っていうか津軽に?」
「うん。津軽に。津軽の目とおんなじ青いマフラー、似合うと思うんだ」

うっとりと目を細めて言われても、ああそう、とかその程度の感想しか浮かばない。
あの無愛想な狼にそれが似合うかどうかなど臨也にとってはどうでもいい。
ただ、ひとつ言えるのは、

「…いや、妄想してるとこ悪いけど、そもそも君らは獣なんだしマフラーとかいらないだろ」

と、いうことくらいだ。
サイケが今人型なのは臨也の魔法によるもので、本来の彼はただの兎だ。
そして、本来は動物なのだから毛皮を持っているし必要ないんじゃないの?と思わないでもない。
しかし、臨也のそんな疑問にサイケは猛然と抗議し始めた。

「臨也くんはニンゲンだから分からないだけだよ!もこもこしてたって俺たちだって寒いんだから!」
「……ああそう」

相変わらず引っ付いたまま、ぎゃあぎゃあと喚くうるさい生き物に辟易する。
だからどうした。そう思いながら、臨也は指を鳴らせば。
パチンという音とともにかけられていた魔法が解け、サイケの姿が本来の姿――小さな兎に変わる。

『臨也くん酷い!』
「うるさい」
『最低横暴暴君ー!!』
「それは君の津軽やあの馬鹿虎にこそふさわしい言葉だと思うね」

魔法使いはそう言って、ウサギを窓から外へ放りだした。



***



そんな数日前の黒兎とのやりとりを思い出して、臨也はくすくすと笑う。
その後、結局気まぐれを起こして街まで買い物にでた自分はどうやらあの兎にそれなりに甘いらしい。
綺麗にラッピングされたプレゼントを抱えて走り去ったサイケは、無事にあの無愛想な狼にマフラーを渡せるのだろうかとか。
まあうまく渡せなくても、あの小ウサギについては鋭い狼のことだ。うまくいくだろうとか。
そんなことを考えて一頻り彼らについて思考を巡らせた後、何気なく視線を向けた窓の外に見えたものに、臨也は顔を綻ばせた。
ちらりと窓の外に映ったのは金色。
臨也が訪問を待ち焦がれた相手の、その尻尾であった。

「やあ、シズちゃん」
「…よう」

鍵などなく押すだけで開くドアを開けて入ってきたのは、金色の毛並みに淡い茶色の瞳の大きな虎だった。
太すぎず細すぎず、綺麗に入った縞。
ネコ科特有のしなやかな動きに、ついつい見入る。

「相変わらず綺麗な毛並みだねぇ」
「毎日手入れしてるからな」

ゆらりと上機嫌に揺れる尻尾は太く長い。
ゆったりとした動作で臨也のいる机の側まで歩いてきた虎――静雄は、彼専用の大きなラグマットに座る。
他の動物たちであれば半獣の姿になって椅子に座るところなのだが、魔法を嫌うこの虎は絶対にごめんだと拒否するのだ。
一度人型を見てみたいんだけどなぁと思いながら、臨也は静雄のそばに歩み寄る。

「触っていい?」
「好きにしろ」
「うん、好きにする」

お許しが出たので遠慮なく手を伸ばして。
触れた毛皮の柔らかさとふわふわさに頬が緩んだ。
この森でも上位の補食者である静雄に触れることができるのはごく限られている。
その限られた存在の一人であることに感謝しつつ思う存分金色の毛並みを堪能しようとした臨也に、静雄は「そういえば」と呟くように言った。

「さっきサイケがやけに嬉しそうにぴょんぴょん走っていくのを見たぞ」
「ん?…ああ、うん。そう言えばそうだったね」
「臨也?」

その言葉に思い出して、立ち上がる。
サイケが口にするまで思い出しもしなかったが、今日はクリスマスなのだ。
机の上に置いたままの“ついでだから”などと自分に言い訳しながら買ったプレゼント――白いマフラーに手を伸ばす。
静雄の瞳と同じ色にしようかと思ったが、何となく白を手に取ってしまったのだから仕方ない。
金色の毛並みには下手な色より合うはず、と自分に言い聞かせて、臨也は静雄の首にふわりとマフラーを巻き付けた。

「シズちゃんにプレゼント」
「…マフラーか?」
「うん。サイケが獣も寒いものは寒いって言うからさ」
「まあ、そりゃ…寒くない訳じゃないけどな」
「…やっぱり毛皮でも寒いんだ。あ、邪魔じゃない?」
「邪魔ではないな」
「なら良かった」

猫とかこういうの嫌がるのもいるし。と飼い猫――というか使い魔の嫌そうな顔を思い出しただけにほっとする。

「…もらっていいのか?」
「ん、今日はクリスマスだからプレゼント」
「くりすます?」
「ああ、シズちゃんは知らないんだね、クリスマス。サイケが知ってたから知ってるかと思ってた」
「…もの知らずで悪かったな」
「いやいや、むしろこの森生まれの動物が知ってる方が変だからね?サイケがおかしいんだよ?」

フォローするも残念ながら静雄の機嫌は直らなかった。
馬鹿にされたと思ったのだろう。不機嫌そうに寝かされた丸い耳に、苦笑するしかない。

「えっと、クリスマスっていうのはニンゲンの世界のイベントだよ。降誕祭。カミサマの子供が人間になって産まれた日」
「……ふうん」

素っ気無い返事に苦笑が深くなる。
存外この虎は拗ねやすいのだ。
興味ないと言いたげにゆらりゆらりと揺れる尾に手を伸ばす。
毛足の短いそれを何度か撫でれば、不機嫌そうだった気配があっさり薄らいだのが分かって臨也は笑った。
嫌じゃないならいいよね。そう思って、尻尾を解放してふわりと虎の首に腕を回す。
マフラーも柔らかくて暖かいものを選んだけれど、巻いたままのそれよりも静雄の毛は柔らかくて心地よかった。
好いた欲目でなくそう思う。

「………マフラー、ありがとな」
「…うん」

礼の言葉に頷いて、指先を毛並みに沿って滑らせる。

臨也はこの虎が好きだ。
そして、彼こそが臨也が森から離れ難い理由だった。
ちょっとした失敗のほとぼりが冷めるまでの間、外の世界よりもゆっくり時間が流れるこの森を仮宿にするだけのつもりだったのに。
森に初めて入った日にこの虎と出会ってしまったから、臨也は今もこの森を離れられないでいる。
獣に恋する日が来るなんて思わなかったなぁ、と苦笑するしかない。


「シズちゃんはもこもこだね」
「冬毛だからだろ」
「夏ももこもこだよ?」
「嫌か?」
「気持ちいいから、俺は好き」
「………」

ぱたんと床を叩くしましまの尻尾。
好き、という言葉に素直に反応した彼に思わず笑いが零れる。
本当に、この虎は可愛い。

「シズちゃん大好きだよ」

もこもこのマフラーをしたもこもこの大きな虎を抱きしめて。
臨也は幸せなため息をついて、柔らかな毛並みに顔を埋めて目を閉じた。












※メリークリスマス…?

とりあえずシズイザっぽいような気がするだけの変な話ですみません…。
今年はサイト用にクリスマスSSを書く暇がなかったので相方さんへの捧げ物を掲載させて頂きました。本編は…許可をが取れれば…そのうち…?