ねこといぬときゅうけつきと
※2011ハロウィン。シズイザ。

















「な…に、これ」

ゆらりと揺視界の端で揺れるもの。
黒いそれを見つめて完全に静止した臨也の耳に、のんきな声が聞こえた。

「おや、やっぱり臨也は黒猫かぁ」
「ちょ、これどういうことかな新羅!?」

闇医者をしている友人の家でお茶を一杯飲んだ。
それがまさかこんな結果になるなど、さすがに臨也も予想していなかったらしい。
なんだか体がむずむずすると思ったら、あっというまに生えてきた耳と尻尾。
見た目からおそらく猫だと判断できる尻尾を最大まで膨らませて、臨也は元凶――新羅に怒鳴るが、相手はまったく気にした様子もない。

「トリックオアトリートってね?ほら、この前仮装パーティーしないかい?って訊いたら、馬鹿にしたような目で見たじゃないか」
「……仕返しかよ」

確かに聞いた。そして断った。
セルティがハロウィンパーティーしたいっていうんだよね!と目を輝かせる友人に、どうせろくでもない格好をさせるんだろそんなこと出来るかと思ったのも事実だ。
だが、だからと言って強制はないだろう…。
げんなりしながら戻せと唸るように口にするが、新羅は首を振った。

「まあいいじゃないか、ハロウィンだし?」
「いやよくないし、さっさと戻せよ」
「無理」

今度はにっこり笑って言われて。
臨也は目を丸くする。

「は?」
「それ、薬の効果が切れるまで…たぶん明日までは消えないよ」
「……よし新羅。いますぐ死ね」
「ははは、断る」

やだなぁ冗談じゃないよと笑う闇医者に、思わず舌打ち。
どうやら仮装パーティーへの出席を断ったのは無駄だったらしい。
強制的に仮装――というか生の猫耳と尻尾を生やされた臨也は、そこでようやく後ろからの視線に気がついた。
今まではあまりのことに動揺して、覗く痛いほどの視線にはまったく気付かなかったらしい。

「よお…ノミ蟲」

こっそりと扉の影から顔を覗かせるのは、臨也の天敵で恋人――なかなかすごい矛盾だが事実である――の平和島静雄だった。
「…いや、なんでシズちゃんが居るの…っていうか、君その耳…」
手を上げて挨拶なんかしてみせる静雄に、臨也は脱力しつつ半眼で息を吐き出す。
「あー…いや、こいつは薬のせいで」
「ああ、静雄くんは君より先に来てたんだよ。ちなみに彼のはたぶん犬だと思うけど」
静雄の言葉をさえぎって聞いてもいないことをぺらぺら喋ってくれる新羅に、さらに脱力が酷くなった。

どうやら、新羅の被害者は自分だけではなかったらしい。
今、静雄の頭には臨也についているそれとよく似た、茶色の耳がついている。
尻尾も同じ色であるし、どうやらこれは地毛の色がでるらしいな…とどうでもいいことを思って現実逃避してしまう。

「なんで隠れたのさ」
「………」
「そりゃ、その耳を見せたくなかったんじゃないの?」
「へぇ…」

まあ、犬耳なんてファンシーな代物、普通なら大の男にくっつけるには支障がありすぎる。
そう思いつつ、静雄への同情心など持ち合わせていない臨也はゆらりと尻尾を揺らめかせて。
それから、にんまりと笑った。

「シズちゃん、それ似合うねぇ」
「…っ…手前」

にやにやと、『いつも言っていること』をわざとらしく口にすると。
カッとなった静雄がドアを壊す勢いで開いて臨也の側までやってきた。
そのまま、掴みかかろうとするのに、

「なぁに?シズちゃん?俺は思ったことを言っただけだよ?」

にやにや笑って首を傾げると、静雄はギリリと奥歯を噛み締めて、すごい形相はそのまま手を下ろした。
ゆらりゆらりと不機嫌の調子で揺れる尻尾は分かりやすい。

「…いい子だね、さすがわんこ」
「てっめぇッ…俺は、狼だ!」

ガウッと威嚇の声を上げる静雄に今度は声を出して笑って、臨也は静雄の来た扉へと視線を向ける。
そこには、よく知った人間たちがいた。

「やあ…ドタチンたちも盛られたの?」
「ああ…」

渋い顔で頷く門田の頭には、兎耳。
かわいいとか写メがどうとか騒ぐ狩沢たちも、それぞれ猫だったり犬だったりの耳がついている。
さらにハロウィンの仮装――魔女やらミイラ男?やらをしているものだから、もうカオスだ。

「わー壮観」

棒読みで言った臨也に、新羅は満面の笑みでそうだろ!と答える。
正直もうどうでもいいなぁ…と思い始めるが、新羅の興奮は収まる気配もなく、「あと来良の子達も来るんだよ!ああ!早くセルティ帰ってこないかな!!」なんてハイテンションで叫んでいる。
…彼はたぶん愛するセルティの願いを叶えられてすこぶる満足なのだろう。

「ま、たまにはこういう馬鹿騒ぎも悪くねぇんじゃねぇか?」
静雄がそう言うが。臨也は、
「君はちゃっかり楽しんでるみたいだしねぇ…」
と、狼男の仮装をしているらしい彼を睨んだのだった。

まあ、臨也が不満に思おうがなんだろうが、いまさら周りのテンションが変わるわけではなく。
こうして、犬耳だとか猫耳だとか兎耳だとかにさらに仮装をするというどうにもごちゃ混ぜ感のあるハロウィン(?)パーティーは開催されたのだった。





***





『その…悪かったな』

そうまるっきり悪いと思っていない友人の代わりに謝罪してくれた首なしに。
臨也は薄く笑んで首を振った。

「いいよ、それなりに面白かったし。じゃあ、今日はこれで帰ることにするよ」
「あ、臨也!」

そう言って玄関をくぐろうとする彼に、友人であるはずの薄情でセルティ以外は結局どうでもいい男――新羅が声をかける。
嫌な予感がした。

「……なに?」
「静雄も連れて帰って」
「…冗談だろ?」
「だって君たち恋人だろ?別にいいじゃないか。なんだったらそのまま猫耳犬耳でわんにゃんプ――ぐはっ」
『すまない。本当にすまない!』

悶絶する新羅を尻目に何度も頭…もちろん彼女に頭はないが…を下げるセルティに苦笑して。
臨也は仕方ないなと同じように玄関にいた静雄を見る。

「一緒に帰ろうか?」
「…おう」

いつもだったら何かしら文句が飛んできそうな状況だが、何故か素直に頷く静雄。
それに首を傾げて、だが言及するほどではないかと思い直す。

「じゃ、いこ」

お邪魔しました!新羅覚えてろよ!と言い残して。
臨也は静雄とともに新羅のマンションをあとにしたのだった。



帰り道。
すっかり暗くなった夜の街を軽い足取りで歩く臨也は堂々と猫耳と尻尾を晒していた。
さすがに当然というか。すれ違う人たちの視線が一瞬それへと向かうことになって。
もちろん同じ状態の静雄も、酷く居心地が悪い思いをする。

「なぁ、臨也」
「なあに、シズちゃん」
「手前恥ずかしくないのかよ…」
「まあ、今日はハロウィンだし仮装だと思ってくれるんじゃないの」
「……そうか?」

はっきりと困っていることが分かる顔をする静雄。
注目されることに慣れている静雄も、さすがに獣の耳を生やしたままの状態には恥ずかしいと感じるらしい。
新しい発見だ、と思って。
臨也はじゃあおいでと静雄の手をとって歩き出した。
人通りの多いところを避ければ、そんなに目撃者を増やさずにすむだろう。
池袋のすべての道を知り尽くした情報屋は、何故か黙したままの静雄を連れて路地裏へと歩いていく。
そうして、周囲に誰の気配もない場所まできて。
臨也はそこで静雄の手を離して、くるりと身体ごと振り返った。

「しっかし、新羅も何考えてるんだろうねぇ」
「……あ?」
「だってさ」

くつくつと笑う男の目は、いつもよりも赤い。
そのことに気付いて、静雄は目を瞬かせた。

「俺も君も、仮装するまでもなく、吸血鬼だろ?」

それくらいあいつも知ってるだろうに、とまた笑って。
臨也はくるんとその場で一回転する。
それはまるでダンスでも踊っているみたいで、一緒に回ってなびく尻尾がどこか優雅に見える、そんな仕草だ。

臨也の言葉通り、静雄は本当は人間ではなく吸血鬼だ。
そして、ハロウィンで仮装するなら猫人間じゃなくて吸血鬼にすべきだよねぇと不満げに呟く彼も、吸血鬼。
この街に住む、数少ない同族だった。


「ま、半分だけのシズちゃんはあんまり実感ないだろうけどさ」

『半分だけ』と臨也が言うとおり、静雄は半分だけ吸血鬼でもある。
ちなみに、静雄の膂力は吸血鬼由来のものと、もうひとつの血が合わさったその結果の突然変異だと、そう臨也は分析しているようだった。
その膂力と、吸血鬼としての『食事』をあまり必要としないこと。
それが静雄の特質で、だからあまりふだん自分が吸血鬼であるという実感がないのは事実。
――だが、今日は違った。

「いや、そうでもないぜ?」
「――え?」

ぐいっと腕を引っ張って、静雄は臨也の細い身体を抱き寄せる。
「ちょ、シズちゃん!?ここ、街中!いくら路地裏だって――ッ!!」
煩く喚く彼のその首筋に牙を食い込ませれば、か細い悲鳴を上げて黙った。
臨也の身体から香る、甘い、誘うような芳香に目を細めて、牙を深く深く刺し込んで溢れる血を啜る。
「うぅ…な、んなのいきなり…まだ満月じゃないし、おなか減ってないでしょ…?」

ごくりと甘くて濃厚な同族の血を嚥下して、静雄は顔を離して匂いを嗅ぎながらその問いに答えた。

「なんか今日の手前、いつもと違う匂いがして、興奮するんだよ」
「は?何…それ?そんなのないし、そもそも興奮とかなにそれ欲求不満?まさか発情期じゃないだろうね半狼だもんね君?発情期くらいありそ」
「黙れ、さもねぇと口も利けなくなるまで飲むからな」
「……うわサイアク」

再びがぶりと遠慮なく首筋を突き刺す牙。
深く刺さるそれに、臨也の腰にジンと痺れが走る。

「は…っ…ん…ん」

吸血鬼の食事――吸血には性的な興奮作用がある。それくらい自分のことでもあるのだし、不本意ながら何度も経験しているので知っているが、こういう時は正直勘弁して欲しいと思う。
やめて欲しくても、勝手に身体がもっと、と思ってしまうのだから本当に最悪だった。

「し、ず…ちゃ、も…やめっ」

弱々しくもがく腕の中の相手に、静雄はようやく深く差し込んでいた牙を抜く。
それにほっとして、臨也は血を失って力の入らなくなった手でそれでも何とかその腕から抜け出した。
くらくらする。血が足りない。
急速に空腹を訴え始めた身体を宥めながら、キッと好き勝手をした同族を睨みつける。

「あー…悪ぃ」
「は…サイテー…」

まだくらりとする頭に唸りながら、溜息をつく。
そんな臨也に、静雄は慌てて言い訳を試みた。

「…だってよ…その…手前が…何か、誘ってるみたいな匂い出してやがるから」
「はぁ?意味わかんないんですけど?俺は君を誘った覚えはないし、ついでに満月以外の吸血はさせてやらないって言ってるよね?」
「…悪かった」

しゅんと項垂れる耳と尻尾。
本来ならば満月の夜にしか見られない気に入りのそれに思わず絆されそうになるが、臨也は首を振って甘い自分を叱咤する。
ここで許しては、また同じようなことが起こらないとも限らない。
それは、半分同族で半分人狼な静雄を監督する『保護者』として、許すわけにはいかなかった。

「シズちゃんはこれから一ヶ月罰としてご飯抜き」
「…ああ!?それは酷くねぇか!?」
「酷くない!いつ正体がばれるとも分からない場所でいきなりお伺いも立てずに噛み付くようなやつには当然の罰だから!」
「…ッ」

ぱたりと、狼の尻尾が完全に力を失って垂れ下がる。
匂いの誘惑に負けた自分が悪いことは静雄にも分かっていた。
だから、『保護者』の言に素直に従うしかない。
そう静雄が思ったのは分かったのだろう。
臨也はそのしょげ返った姿に苦笑して、静雄に手を伸ばしてきた。

ぐいっと。
吸血鬼の膂力で静雄を路上に押し倒して、細身がその上に乗り上がる。
一瞬貧血でくらりとながら、そこは年長者の威厳を保つために堪えて。
状況を把握できずきょとんとしてる静雄に目を、臨也はすっと細めて見下ろした。

「…ねぇ?シズちゃん」
「い、いざや…?」
「俺はさっきのかなり怒ってるんだよねぇ」

そうわざとらしく低い声を出せば、静雄はビクリと身を揺らす。
さて、どこで気付くかな?と内心で笑んだ臨也は、身の内でくすぶる熱に耐えながら、静雄の首筋を指先でなぞって言う。

「やっぱり、好き勝手しちゃいけないって、ちゃあんと馬鹿な飼い犬に教えないといけないよね?」
「っ…だれがっ」

犬扱いの発言に思わず怒鳴ろうとしたその口が、細い指先で塞がれる。

「覚悟しなよ」

くつりと笑う臨也の唇からは、白い牙が覗いていた。

分別をわきまえた彼がこの場で噛み付くことはないのだろうが、それでも、条件反射で静雄はぞくりと背筋が震えるのを感じる。
今がどういう状況で、自分の立場がどうなのか。そんなことはすっかり彼方に追いやれるほど。
あの牙で噛み付かれるのは、静雄にとって堪らない快感だった。
性的な意味だけでなく、自分の血が臨也の一部になってこの美しい純血の吸血鬼を身の内から支配するような、そんな錯覚すら覚えて。
それが、静雄の独占欲をたまらなく満たすのだ。
その瞬間を想像して、ごくりと喉が鳴る。

そんな静雄を理解しているのかいないのか――たぶん、理解しているのだろうが。
臨也はするりと静雄の頬を撫でてから、耳元で囁いた。

「トリックオアトリート、だよ、シズちゃん」

まあ、選択権なんて認めないけどね?
と。それはそれは楽しそうに綺麗な笑みを浮かべた吸血鬼に。
そこでようやく彼の意図に気付いた静雄はぞくりと背を駆け上がる感覚に薄く笑みを浮かべて、「そりゃ、トリックアンドトリートだろうが…臨也くんよぉ」と応じたのだった。












※吸血鬼二匹とハロウィンの夜。

襲い受けなのか、シズイザシズなのか微妙なラインですが、とりあえずシズイザです。
あとけもみみにした意味あんまりないですね…おかしいな。
まあ、なにはともあれ、ハッピーハロウィン!!