おおかみさんの思い出
※『おおかみさんの話』設定。だけど今回は15歳+6歳。




















7月7日、七夕。
その日も、学校帰りに公園で待っていた臨也を拾った静雄は、臨也の家にいた。
静雄は今年の春に高校生になっていたが、それで何が変わるわけでもなく。
静雄が学校帰りに臨也を連れて臨也の家に向かう、今までと同じ日常を過ごしている。



「しずちゃん!かたぐるま!」
「………分かったから髪引っ張るんじゃねぇよ」

容赦なく髪を引っ張ってくる小さな手を、壊してしまわないようにそっと外して。
静雄はやれやれと溜息をついて立ち上がった。
追ってくるキラキラした視線に苦笑しながら脇の下に手を入れて抱き上げて、ひょいと肩の上に乗せる。

「これでいいか?」
「もっとうえ!うえのほうにつけるの!」
「おーおー、分かったから髪引っ張るんじゃねぇって」

静雄が背伸びしてやれば、肩の上の臨也が手を伸ばして笹に短冊を結びつけた。

「ちゃんとつけたか?」
「うん。しずちゃんのもつけてあげるね」
「おう、じゃあ頼む」

自分の短冊を手渡して、どこにつけると問う静雄に、小さな子供はどこがいいの?と聞き返してくる。
別に静雄には臨也のようにどこがいいというこだわりがあるわけではない。どこでもいいと言えばいいのだが――。

「そうだな…臨也の短冊の隣につけてくれ」
「うん!」

どこに下げたところでそれで願いが叶うわけではないけれど。
それでも、臨也の短冊の隣につけておけば少しは…などと馬鹿なことを考えた自分を笑う。

「しずちゃん、これなんてかいてあるのかよめないんだけど」
「読めなくてもいいだろうが…っていうか勝手に読もうとするな」
「えー!なにかいたのか気になるのに」
「気にすんな。大したことじゃねぇよ」

おら、としゃがんで短冊をつけ終えた臨也を下ろして。
静雄はその小さな頭をわしわしと撫でた。
力を制御する方法を覚えたのは、何故か自分に懐いてくるこの子供を傷つけないためだ。
こんな自分を慕って笑いかけて、ためらいもなく触れてくる臨也がいるから、今の自分がいる。
湧き上がった怒りの静め方も、力の使い方も、何もかも。
たぶん、臨也がいなければ、いまだに自身には制御できないまま振り回されていただろう。

「なぁ、臨也」
「なあに、しずちゃん?」

だから、願うことはひとつ。
この子供が――臨也が、健やかで倖せであるように。
我ながら、高校1年のガキの考えることじゃねぇよなぁと笑いながら、静雄は抱きついてくる臨也の肩を優しく撫でた。

もうひとつ。
本当は叶えて欲しい願いがあるけれど。

「…まあ、そいつは叶わなくても仕方ねぇしな」
「?」

呟きに首を傾げるのに何でもねぇよと笑って見せて。
「……ちょっと遅いけどな、おやつにするか?」
「うん!」
問えば、ぱっと花がほころぶような笑顔になった子供に目を細める。
いつかこの子供が大きくなって自分から離れてしまうのが寂しいなど。
そんなことは、思ってはいけないのだ。
そう自分に言い聞かせて、静雄は臨也を抱き上げる。

「プリンでも食うか」
「うん、食べよ」

もう少し大きくなれば、たぶんこうやって抱き上げるのも嫌がるんだろうなぁと少し溜息。

「ね、シズちゃん、今日は夜も一緒?」
「あー…そうだな。今日は夜も天気が良いらしいから、天の川一緒に見るか」

答えた途端、ぱっと輝く顔が可愛らしくて愛しいから。
まあ後の事はその時考えて、今は今を楽しむべきだなと思い直して、静雄は台所へ向かいながら、ふと思い出したことを口にした。

「そういや、臨也は短冊に何書いたんだ?」
「んーっと…ひみつ!」

教えなーい!と言われてしまって、苦笑して。
臨也を抱えたまま冷蔵庫を開けた静雄はプリンを取り出して、とりあえずリビングに戻る。
机にプリンを置いて、下ろした臨也の隣に座って、いただきますと手を合わせて。
少しして、スプーンでちまちまプリンを掬っていた臨也がふと顔を上げて、言った。

「シズちゃん、あのね。おれ、しずちゃんがすっごく大好きだよ」

プリンよりも好き!と食べ物と比べる発言が続いたが、そんなことは気にならない。
ただその笑顔に見惚れて、やっべぇ可愛すぎとか思いながら。そして、こんな日々が、少しでも長く続けばいいと願いながら。
静雄は照れ隠しに「ありがとよ」と小さく答えて、その後は無理やりプリンを食べることに意識を集中させた。
その時にはもう静雄の頭からは短冊のことは抜け落ちていて、結局、静雄が臨也の書いた願い事の内容を知ることはなかったのだった。



この日臨也が書いた短冊の、その願いが叶うのはそれから8年後。
彼らのどちらもが、自分がその日短冊に何を書いたか忘れてしまって久しい、8年という長い歳月を経て。
願い事は現実になるのだった。












※ちいさい臨也とまだ意識する前のおおかみさん。

年の計算をミスった気がしますが、時間もないしもういいかとか思ったり…