10月31日
※2010年ハロウィンその2。『猛獣』設定。











「Trick or Treat!」

それはそれは素晴らしい発音でそう言ったイキモノに。
帰宅早々、静雄は絶句した。
黒い髪に赤味の強い瞳。
にんまりと浮かべた笑みも、普段のソレとなんら変わらない。
だが。

「…なんで、小せぇんだ手前」

ヴァンパイアの仮装と思しき格好をしたソレは、どう考えても7〜8歳くらいの子供の姿をしていた。
静雄の放心気味の呟きに、ソレ――臨也は楽しげに目を細める。

「だって去年はシズちゃん、手前はもう子供じゃねぇだろうがって言って何にもくれなかったし悪戯もさせてくれなかったじゃないさ」
だから、と続ける臨也の目は心底この状況を楽しんでいる者のそれだ。
「知り合いに頼んで小さくなる薬を作ってもらったんだよ。どう?可愛いだろ!」

ふふんと鼻を鳴らして胸を張る馬鹿(静雄主観)に、静雄は呆れを通り越して頭痛を覚えた。
『馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど』という臨也がよく口にする言葉を、そっくりそのまま返したい。
大きく溜息をついて、

「手前馬鹿だろ」

と言えば、臨也はくくっと笑う。

「そうかもね。俺は君が関わることでは間違いなく自分が馬鹿で愚かな人間になると理解しているよ?」
「………そうかよ」
「ところでシズちゃん、この格好に何かに感想はないのかい?」

ほら、と示す子供の姿の相手に。
静雄は、子供の姿であることに対してか、それとも仮装に対してか、どちらの感想を答えるのが正解か考えた。
どちらを答えても今の臨也の機嫌を損ねることにはならないだろうが、その後の展開は大きく変わるだろう。
気まぐれ猫の機嫌をとった上で、自分に都合のよい流れに向けるにはどちらが正解か。
静雄にとっては大きな問題だった。

「しーずちゃん」
「ああ」

上目遣いに満面の笑みを浮かべる幼馴染の姿を見つめて。
静雄は、懐かしいなと思う。
一度手を離してしまった、あの頃の姿だ。
今を後悔したことはないが、あの時、あの手を離さなければ、あるいは違う未来があったのかもしれない。
そんなことを考えて、静雄は無意識に呟く。

「…触ってもいいか?」

言ってから、何を言っているんだと自分に呆れる。
臨也もこの言葉は予想外だったのだろう。
一瞬目を丸くして、それから何度か瞬きして。
驚きに消してしまった笑みが、徐々に戻ってきて。

「あははっ、さすがシズちゃん。いつでも俺の予想の斜め上だね」
「…あー…つい」
「馬鹿だねぇ、君」
「うるせぇ」
「可愛い」
「可愛くなくていい」

ぶすっとして顔を逸らした静雄に、臨也は目を細めて楽しげに言った。

「触っていいかなんて、聞く必要ないでしょ?」
「でもよ」
「でもじゃないよ。俺はあの頃から、一度だって本気で君の手を拒んだことはないんだからさ」

そうだ。
触れていいか、という真剣な問いに。
臨也が否と言ったことはない。
自分の気持ちが理解できず逃げることはしても、静雄が本気で願えば必ずその温もりを与えてくれていた。

「俺はシズちゃんに甘いからねぇ」
「………」
「ほら、おいでシズちゃん」

両手を広げて招かれて、触れる。
頬に触れた手に擦り寄る臨也を屈んで抱き締めて。
静雄はその温もりに頬を緩めた。

「でさぁ」
「あ?」

唐突な声に顔を上げて相手を見ると。
にんまり笑うその目と視線が合う。

「俺、いつまでも玄関にいる気ないんだよね」
「…あーわりぃ」
「別にいいけどさぁ」

あ、そうだった。と呟いて。
臨也は静雄の耳元に唇を寄せて、囁く。

「Trick or Treat」

さあ、お菓子くれるのと悪戯されるの、どっちがいいかなシズちゃん?
そう言って笑う上機嫌な幼馴染に。
静雄は、仕方ねぇな手前は、と笑い返して、小さな身体を抱き上げた。












※10月31日の猛獣さん宅にて。

お菓子と悪戯。結局どっちを取ったのかは想像にお任せします。