Wonder World
※2010年ハロウィン。
ハロウィンだけどハロウィン関係ないパロ。シズイザ未満。










「あー…腹、減ったな」

きゅう、と鳴った腹を押さえ。
静雄は煙草の煙と一緒に溜息を吐き出す。
そういえば、前回新羅のところに行ったのはもう一週間は前のことだった。
平和島静雄は吸血鬼だ。
生まれた時からそうだったのかどうかすら分からない。
ただ、いつからか人の血を飲まずにはいられない体質になっていた。
特に日光に弱いわけでも十字架やらニンニクやらが苦手なわけでもないが、吸血鬼というからにはその食料は血液な訳で。
静雄は人を襲うのが嫌でずっと我慢し続けてきて。
小学校で新羅と知り合ってからは、ずっと血液パックの血で過ごしていた。

「…新羅んとこ行くか…」

面倒な体質だ、と思いながら。
それでも逃れられない宿命に、静雄は心底うんざりした。





 ***





新羅のマンションに辿り着いて、インターホンで挨拶して。
入り込んだ静雄は、新羅の部屋の前で足を止めた。
ふわりと漂う知った匂いに眉間に皺が寄る。

「ノミ蟲がいるのか?」

もしそうならば、新羅は自分を部屋に入れようとは思わないはずだ。
臨也を見て自分を抑えられる自信は、静雄にはなかった。
少しの間躊躇して、しかし、空腹には耐え切れず。
静雄はどうかあの馬鹿がいませんようにと祈りながらチャイムを鳴らしたのだった。





「やあ、静雄。悪いんだけど、血液パックは持って帰ってもらえると嬉しいな」
「…………」

そう言われれば、自分の期待が外れたことは理解できた。
しかし、分かった、と答える前に、

「あっれーシズちゃんじゃん?どうしたの?」

そんな声が聞こえてしまった。
ぶちり、と理性が切れる音がして。
静雄は近づいてくる気配を殴ろうと拳を握ってそちらを見て。

「あ?」

固まった。
人を食ったような笑みを浮かべる男の頭には、三角の耳。
その背後でゆらりと動いたのは、ふさふさの毛で覆われた尻尾だった。
匂いでわかる。
これは――、

「手前、狼男だったのかよ」
「あ、その気持ち分かるよ!臨也だったら吸血鬼の方が絶対合ってるよね?」
「いや、合ってるとか合ってないとかじゃないし。人の種族勝手に決めないでよ。こう見えても由緒正しい生粋の人狼なんだけど?」

髪と同じ艶やかな漆黒の耳が不愉快そうに寝かされた。
それを唖然と見つめる静雄。
まさかこんな身近に自分と同じ『人間として生活する化け物』がいるとは思わなかった。しかも――不本意だが――知り合いだ。
予想もしない事実に、どう反応すればいいのか分からない。

「シズちゃん?」

そんな静雄を訝しんだのだろう。臨也はとことこと静雄の側まで寄ってきて。
「ッ!?いきなり何しやがる!?」
胸元に顔を寄せて、匂いを嗅いだ。
突然の行動に驚いて叫べば、臨也はあれ?と首を傾げる。

「俺はシズちゃんが吸血鬼だって知ってたけど、シズちゃんは俺が人狼だって知らなかったんだ?」
「…知るわけねぇだろうが!」
「ふぅん…まあ、どうでもいいけどさ」

すん、と鼻を鳴らしてまた匂いを嗅いで。
臨也はようやく満足したのか静雄から離れた。

「シズちゃんは…うん、隔世遺伝かな?匂いがちょっと薄いね」
「………」

そんなことは静雄は知らない。知っているのは自分が人の血を吸う怪物だということだけだ。
黙ってしまった静雄に臨也が苦笑する。

「大丈夫だよ新羅。悪くない匂いだ。人間と吸血鬼の血がいい具合に混ざってる」
「…君がそういうなら安心…なのかな?」
「まあ、少なくとも本能に負けて一般人を襲うことはないだろうさ」

くすくす笑って、臨也はリビングの方へ行くつもりなのか踵を返す。
その時、ふわり、と。
先ほどとは違う匂いが静雄の鼻腔を擽った。
「?」
ざわり、と血が騒いで。
つい、無意識に手を伸ばして臨也の腕を捕らえてから。
そこで、静雄は正気に戻った。

「ッ」
慌てて手を離す。

「しずちゃん?」

首を傾げ不思議そうな顔をする臨也。
その臨也から香るのは、甘い、匂いだ。
いつもの匂いとは違う、理性を蝕まれるような。

「あ、そうだった!臨也!君はケガしてるんだから近寄ったらダメじゃないか。静雄に噛まれたいんなら止めないけど」
「…あれ?ひょっとしてシズちゃんお腹減ってるの?」

血しか栄養にならないんだっけ。吸血鬼は不便だねぇ。
新羅の言葉を受けてそう言う臨也に静雄が感じているのは、強い吸血衝動だ。
普段は抑えられるはずのそれが、どうしようもないほど大きくなっている。

「…シズちゃん?」
「悪ぃ」
「――ッ!?」

手を伸ばして、腕を捕らえて、首筋に顔を寄せて――
がつん、と半端ない衝撃を頭に受けて、静雄は動きを止めた。
くらりと視界が歪む。

「シズちゃん、それはマナー違反だよ」
「………」
「飲みたいならちゃんとお願いするべきじゃない?」
「…………」

そうは言われても、静雄は今まで他人から血をもらったことなどなく。
そもそも、同族に会ったことのない静雄はマナーも何も知るはずがない。
頭の痛みに顔を顰めて、それでも「悪い」と口にしすれば、溜息をつかれた。

「俺が人狼じゃなかったら今頃絶対噛まれてたね…さっきの評価は取り下げるべきかな?」
ねぇ?と新羅に話しかける臨也。
流れで静雄も新羅の方を見れば、当の新羅は「うーん」と唸って静雄を見ていた。

「まあ保留でいいんじゃないかな。君、一般人じゃないしね」
「うわ、人種差別だ」
「君は人狼なんだから一般人じゃないでしょ?それに、静雄ほどじゃないにせよ怪力な君なら襲われても問題ないよね?」
「…まあそうだけどさぁ」
「あと、マナーに関しては静雄は同族に会ったことないから仕方ないと思うよ。それに、静雄は他人から血を貰ったことはないし」
「はあ?じゃあ今までどうしてたのさ?」

呆れた顔をする臨也にムッとしながら、静雄はぼそぼそと答える。
「…小さい時は幽に貰ってた。今は、これだ」
差し出したそれに、うげっと臨也が顔を顰める。
「…血液パック…それ、薬臭くてまずくない?」
「まずい」
「だよねぇ」

ふうん、と考える仕草をしてから。
臨也は静雄を見上げた。

「ねぇシズちゃん、飲みたい?」
「…………俺は――」
「吸血鬼が血を飲みたいのは当たり前のことだよ。でも、飲みたいならちゃんと了解を取らなきゃいけない。最低限のルールを守らないと、俺たちみたいなのは人間社会で生きていけないからね」

先輩面でそう言う臨也に、確かにそうなのだろうと思い、静雄は素直に頷いた。
「…わかった」
分かればよろしい!と笑って、臨也も頷く。
新羅は苦笑して何も言う気はないのか、先に戻るよとリビングに向かって歩き出すが、静雄はそんな言葉は聞いていなかった。
今まで見たことのない無邪気な臨也の笑顔にどきりと高鳴った胸の鼓動を抑えようと必死だったからだ。
いやいや、ないない。こいつが可愛いとか、ない!
そう思うのに、一度思ってしまったのが運の尽きだ。もうそうとしか思えない。
そんな静雄に気付いているのかいないのか――たぶん気付いていないが――、臨也がこれまた妙に稚い仕草でこてんと首を傾けた。

「それで?シズちゃんは俺の血、飲みたいの?」

どう答えろと言うのだ。相手はあのノミ蟲だ。可愛いと思ってしまうおうが何だろうが、抵抗がないわけではない。
身体は欲しいと訴えているが、理性は後戻りできなくなるから止めろとしきりに警告を発している。
葛藤することしばし。
結局、ここまでの衝動を感じたのは初めてだった静雄は、堪えきれずに口にしてしまった。

「…できれば、飲みたい…けどな、」

そもそも正直に答えたところで臨也が飲ませてくれるかどうかは分からない。
食欲と理性と。…あとは、うっかり気付いてしまった淡い恋心らしきものと。
静雄はぐちゃぐちゃになった心を持て余して眉間に皺を寄せた。
空腹はピークを過ぎたので耐えられそうではある。だからこそ、臨也の決断に任せて待つしかない。
じっと、見詰め合って。
それから、臨也がぷっと吹き出した。
あまりにもくすくす笑い続けるので、静雄が手前くれる気ないなら言うんじゃねぇ!と叫ぶ直前。
「いいよ、あげる」

そう言って、ふわりと柔らかな笑みを浮かべた赤い瞳の人狼に。
静雄は不覚にも更に鼓動を高鳴らせてしまったのだった。












※吸血鬼×人狼。

ハロウィン用フリーSS。(でもハロウィンネタではない)
そもそもなんで臨也さんがしっぽとか出してたのか気にしてはいけません。一応普段は耳もしっぽもないので今までばれてませんでした。