七夕、短冊、願い事
※2010年七夕。
『猛獣の飼い方10の基本』設定。オリジナル設定満載注意。










さて、七夕である。
それがどうしたと言われそうだが、まあそこはそれだ。

「さて、今年も頑張りますか」

目の前に鎮座する笹を前に、俺――折原臨也はそう口にすることで気合を入れた。



何でだかは知らないし別に知りたいとも思わないが、俺の武術の師匠である青年はこの時期になると毎年笹を何処からともなく調達してくる。まだまだガキだった頃の俺は素直に飾り付けを手伝ったものだ。そして、盛大に飾り付けた笹を眺めながら、師匠はアルタイルとベガがどうとかというこれまたどうでもいい話をしてくださるのが恒例だったわけだ。織姫と彦星がどうとかでそこまで願い事が届くとしたらどれくらいかかるとか、そんなことはどうでもいい。心の底からどうでもいい。何処ぞのラノベの話かそれは。
…まあ、何はともあれ、今年も律儀な師が届けてくれた立派な笹を窓辺に置いて飾り付けに励まなければいけないのが今の俺というわけである。



「大体さぁ、この年にもなって短冊にお願いってちょっとさすがの俺でも微妙すぎ」

折り紙で出来た飾りをつけられてずいぶん豪華になったそれを眺め、俺は溜息をつく。
我ながら見事な出来だ。…見るものがいないのにここまでする自分がちょっと空しい。

「…まあいいや」

次は短冊だと、長方形の紙切れを手に取る。
と、その時。

「臨也、いるか?」

がちゃりとドアが開くと同時に声がした。
………。

「シズちゃん、俺、ここの鍵渡した覚えないんだけど?」
「俺も貰った覚えはないな」

ほら、と鍵が差し出されて、首を捻る。

「お前のとこの…あー…波江、だったか?あの女が寄越した」
「はい?」

どういうことですか、波江さん。意味が分かりませんよ?

「手前が一人でアホなことしてるから見に行って盛大に笑ってやれって」
「波江…後で覚えてろよ」

減給だ。減給してやる。
そうぶつぶつ呟く俺を気にした様子もなく、シズちゃんは俺の傑作(自分で言ってて空しい)を見上げた。

「…すっげぇな」
「俺の趣味じゃないよ、師匠の趣味」
「ってことは毎年やってたのかよ」
「そうですよー。臨也さんは毎年一人空しく七夕飾りなんてやらされてたんですー」

ああもうなんでこんな目に合わなきゃいけないんだ。
シズちゃんには知られたくないからこの8年隠してきたのに。
思わず恨みがましい目を向けると、笑われた。
ああいいですよ。もう思う存分笑ってください。

「俺も呼べば良かったのによ」
「呼びたくなかったの」
「何でだ?」

本当に純粋に疑問に思ったらしいシズちゃんが、首を傾げる。

「いい年した男がいまだに七夕とか、さすがに恥ずかしいからね」
「手前ならそれくらいやりそうだろ」
「ちょ、シズちゃん!?君の中で俺って一体どういうイメージなのさ!!」
「あー…まあそれはいいとして、」
「よくない!よくないよ!?」
「落ち着け臨也。どうどう」
「………。…余裕なシズちゃんってすっごくムカつく…」

ムッとしたまま睨みつけていると、シズちゃんがほら、と目の前に紙を差し出してきた。
短冊だ。

「書くんだろ?」
「…書くけど」
「俺も書く」
「?…シズちゃんも?」
「ああ、別にいいだろ?」
「…いいけど」

さっさとペンを出してきて何か書き込んでいるシズちゃん。
なんだか分からないが、ノルマが減ったのでよしとしよう。俺とドタチンと新羅とセルティと、あとシズちゃん。これで5人だ。(一人三個で最低五人分とか何のいじめだ)
すでに受けとってきた3人の分はもう吊るしてあるから、後は俺とシズちゃんのをつければいい。

「なに書いたの?」
「手前がなに書いたのか見せれば見せてやる」
「やだよ」
「なら俺も見せねぇ」
「………ふうん?」

まあいいか。どうせ師匠の所へ持っていく時にでも見れるし。
意味ありげに笑うシズちゃんが俺を抱き寄せてきたので、力を抜いて身を任せた。
帰ろっか、と言えば別にここでもいいけどななどと返された。
冗談ではない。ここは仕事場だ。
嫌だと逃れれば、仕方ねぇなとシズちゃんは俺の手を取って。
池袋のマンションへ帰るために玄関へ向かった。



たぶん、シズちゃんは俺の視力が良いことを失念していたんだと思う。
ちろりと見た先。
青い短冊に書かれた文字は簡潔に。

『これからも臨也と一緒に居る』

宣言かよ。願い事じゃないだろそれ。
そう呆れたけど、まあ似たようなことを書いた俺も人のことは言えない。

『ふたり、一緒』

恥ずかしげもなくこんなことを毎年書く自分に辟易しながら、シズちゃんに手を引かれるまま、池袋に帰る。












※七夕とバカップル。

ちなみに残りのふたつは、
臨也『面倒じゃない割の良い仕事』『今年はシズちゃんが少しは(そういう意味で)大人しくなりますように』
静雄『プリンいっぱい』『平穏無事』
でした。どっちにしろこんなこと短冊に書かれても困る。