5月4日
※2011年臨誕。シズ⇔イザ。

















見知った長身を視界に認めて、臨也はどうしたものか、と考えた。
場所は臨也が事務所兼自宅として使っているマンションの部屋の真ん前。
暇を潰すように煙草を咥える男――静雄も、臨也に気付いたのか視線を上げる。

「……なんで、シズちゃんがここにいるの」

玄関前で天敵とばったりとか、笑えない。
臨也は警戒を強め後退すべきか考えて、後方にあるエレベーターを意識した。…生憎、すでに移動してしまっているらしい。ちっと舌打ちして、再びどうすべきか考える。
そもそもどうやってエントランスを通過したのだ。壊れた形跡はなかったはずだ。
そんなことをぐるぐると考えているうちに、静雄は携帯灰皿に煙草を押し付けて火を消して、臨也の方へと歩いてきてしまう。

「君ねぇ…今度は何があったのか知らないけど、いちいち俺に八つ当たりしに来るのやめてくれないかな」
「いざや」
「…?」

ろれつの回っていない舌足らずな口調。
それに訝り問いかけるより先に、静雄がぐいっと臨也の手を引いて鍵を開けろと要求してきた。

「…なに?図々しいね」
「いいから、あけろ」
「…はいはい」

静雄の側に寄ったことで香る強い酒の匂い。
酔っているのか?と首を捻って、とりあえず鍵を開けて招き入れる。
深夜の玄関先で問答をする気はなかったのからだ。それ以上の意味はない。
鍵をかけて、さて、と振り向く臨也だったが。

「ッ!」

直後、がつんと玄関のドアに後頭部を打ち付ける羽目になった。
「いっつ…なにするのシズちゃん!?」
「うっせぇなぁ耳元でわめくんじゃねぇよ」
「って重い重い重い!重いよ馬鹿!!」
寄りかかってくる身体は重く、臨也は支えきれずそのままずるずると床に座り込んでしまう。
「うわ、酒くさ…」
強い酒の匂いが間近にあって、ついつい眉間に皺が寄る。
すりすりと頬ずりまでされてゾゾッと背筋が粟立った。
「シズちゃんやめて、なんなのもう…」
酒強いくせにどれだけ飲んだらこうなるのと溜息をついて、臨也は圧し掛かる静雄の身体を押す。
が。
「ちょっとシズちゃん…手の力抜いてくれないかな」
「ん、やだ」

やだ、じゃない。
臨也に圧し掛かり半ば下敷きにしたままの静雄はふるふると頭を振るだけで退くきはないらしい。
くそ、と舌打ちしてぐっと押すが、相手は成人男性だ。力の抜けた身体をかなり重く、臨也はすぐ力尽きて息を吐いた。

「ねぇシズちゃん、俺は明日も忙しいんだよ。酔っ払いに付き合ってる暇はないから、退いて」
「やだ」
「だからやだじゃなくて…」
「いざや、なぁ」
「……なに?」
「お前さぁ、なんで」
「?」

首を傾げる臨也に、静雄は何か言いかけた口を閉じた。
かわりにぎゅうううっと腕の力が強くなる。

「いっ、痛い!痛いからシズちゃん!!」
「ん、あ、わりぃ…」

素直に腕を緩めた静雄にほっとする。
ミシミシと嫌な音を立てていた身体が痛いが、今日の静雄に臨也を害する気はないとわかっただけでも安心だ。
と、静雄が力を抜いたのか、かかる体重がさらに重くなる。

「…ちょっと、重いんだけど」
「んー」
「…くそっ、酔っ払いめ」

いい加減にしろよとぐっと押して、何とか顔だけ押しのけることに成功した臨也は、静雄の顔を睨みつけて――視線が合った。
「………」
――静雄の目は、酔っ払いのそれではなかった。
真っ直ぐに自分を見つめる色素の薄い目は、明らかに正気な人間のそれで。
臨也は静雄がここにいる理由をようやく、なんとなくだが察するに至る。

「…ねぇ、シズちゃん」
「ん?」
「君、何しに来たの?」

問うが、返事はない。
じっと見据える瞳はとても穏やかで、まるで普段見ている彼とは別人で。
臨也は、困ったなと苦笑する。
別に祝う気もないから気にしたことはないが、つい数十分前に日付は変わって、今日は5月4日だ。
意外に律儀なこの男が何を考えたかは想像に難くない。

「いざやぁ」
「…なんだよ酔っ払い」
「たんじょうび、おめでと」

ふわりと柔らかな微笑を浮かべてそう言う静雄に、臨也は小さく溜息をついた。
1月の静雄の誕生日を思い出してしまう。あの時の自分も大概素直でなかったが、今日の静雄も相当だ。
素直になれないのはお互い様。
自分の場合はからかいを交えて、静雄の場合は酒に酔ったふりでもしなければ、こうやって祝うこともできやしない。
くつくつ笑って、静雄の背に手を回してそっと撫でて。
臨也はゆるゆると息を吐き出した。
単純馬鹿なのだから素直に祝えよと思わなくもないが、でも、嬉しいのは確かだ。
だから、臨也は俺も酒を飲んでれば良かったなと思いながら、礼を口にする。

「…ありがと、シズちゃん」
「おー」

嬉しそうに笑う静雄に、ぎゅうぅっと抱きつく腕に力が込められて。
臨也は低く呻いて、やっぱりこういう素直さはいらないな、と顔を顰めたのだった。












※素直になれない二人のはなし。
酔っ払い(ただし本当は正気)相手でごめんよーと思いつつ、臨也さん誕生日おめでとう!!