嘘もホントも
※2011エイプリルフール。











「シズちゃん、君が好きだ。付き合って」

にっこりと。それはそれは清々しい笑みを浮かべて言った男に。
シズちゃんこと平和島静雄は、びきりとこめかみに青筋を浮かべた。
「手前、毎年毎年いい加減にしやがれ」
低い恫喝の声にも男――折原臨也の笑みは揺るがない。
それどころか返事は今すぐ欲しいな、と返答を催促する始末だ。

「死ねッ!」

その言葉と共に静雄の手にしていた止まれの標識が振り下ろされる。
難なく避けて笑みをいつもの厭らしいそれに戻した臨也は、くつくつと喉を鳴らした。

「嫌だなぁシズちゃん。君こそ毎年毎年エイプリルフールの嘘を本気にとらないでよ」
「本気だなんて思ってねぇよ!毎年毎年そのうっぜぇ面で意味のわからねぇ嘘なんだか嫌がらせなんだかしに来るんじゃねぇっつってんだ!!」
「ははっ、何だシズちゃんも少しは頭が回るようになったんだねぇ?」

ぶんぶん振り回される凶器を軽い動きで避ける臨也と、その臨也を追い詰めようとする静雄。
毎年毎年――それこそ彼らがまだ来神学園の学生だった頃から繰り広げられる光景に、偶然通りがかった元同級生が溜息をついたが、彼らはそんなことには気付きもしなかった。

「大体高校の時に嘘だってばれてるネタを一体いつまで引っ張る気だ手前!!」
「さあね!それより返事はまだかい?あんまり焦らさないで欲しいなぁ」
「焦らしてねぇ!!」
「あれ?今年は返事はなし?」
「ッ!だぁああああ!うるせぇッ!」
「嘘なんだからシズちゃんもいつも通り嘘を返せばいいだけだよー?ほらほら、さっさと言っちゃいなよ?」
「ぐっ……お、俺も好きだ!付き合ってやる!〜〜〜〜ッ!!!これでいいだろうが!!!!」
「あはは、相変わらず嘘が下手だねシズちゃん」
「し ね!」

ぶんっと投げつけられた標識が道路に突き立つ。
静雄の渾身の力をこめた一撃を表情一つ変えずに避けた臨也は、そのままくるりと背を向けて走り出した。

「じゃあねシズちゃん!来年はもう少しマシな嘘のつき方を覚えてよ!」

振り返りはしないがひらひらと手を振って余裕を見せ付ける男に。
静雄は雄叫びを上げて、その後を猛然と追いかける。

「ところでシズちゃん!」
「ああ゛!?」
「毎年毎年こんな馬鹿げたこと繰り返すたびに思うんだけどさ!」
「何だ!」
「俺、シズちゃんのことやっぱり大ッ嫌い!!」
「―――――」

やはり振り返らないままの叫びに、静雄は足を止めた。
走り去る臨也の背を眺めたまま、しばらく佇んで。
それから、唸ってしゃがみ込む。

「ってか、反則だろうがクソノミ蟲」

どんな顔であんなことを言ったんだ。
ちらと見えた耳は赤く色付いていたと、視力も良い静雄はしっかりと確認してしまっている。
ずっと続けられてきた四月一日の嘘が、本当は嘘じゃないことぐらい、そういうことにはわりと鈍い静雄でもとっくに気がついていた。
何年同じやり取りを繰り返したと思っているのだ。気付かない方がおかしい。それに、たぶん臨也も気付かれていることに気付いていたはずだ。気付いて、それでもあの意気地なしは嘘で誤魔化さねば本音も言えやしないのだ。

「あー…チクショウ…そういう可愛いことすんじゃねぇっての」

惚れてしまえばあばたもえくぼ。ではないが、四月一日に便乗しなければ『好き』と本音も言えない意地っ張りで臆病で嘘つきで、ちっとも素直じゃない男の言動が妙に可愛く見えるのだからどうしようもない。
臨也の嘘に付き合って、毎年毎年繰り返す茶番劇。臆病者が関係を崩すのを怖がるから、静雄はずっと自分からは何もせず『今まで通り』の関係を続けてきた。
だというのに、今回に限って『大嫌い』発言を残したのは臨也自身だ。

「――もう、手加減してやらねぇ」

嘘を暴くタイミングが、ついに来たのかもしれない。
ずっとずっと、それこそ何年も。毎年毎年繰り返す、嘘に便乗した本音。
それを今年こそ、暴いてしまっていいのかもしれない。
臨也の『大っ嫌い』に含まれた僅かな声の揺らぎをそう解釈して。
静雄は、なら今年こそは逃がしてやらねぇぜと低く、どこか甘い声音で呟いた。












※お互い両想いだと知りながらもずっと両片想いを続けてた二人のはなし。
(意気地なしな臨也さんにずっと付き合ってる気の長い静雄さんが書きたかったんだけど技量不足だった話)