「じゃあ来年からはプリンの日ってことで」
※2011バレンタイン。同居パラレル。











そういえば、と折原臨也が小さく呟いたのは昨日のこと。
そして。

「あ、波江さんこれあげる」

はい、と矢霧波江にそれが渡されたのが今日――2月14日のことだった。
情報屋という大層胡散臭い職業の男が手にするには不釣合いな可愛らしいラッピングのそれ。
それと胡散臭い上司とを何度か見比べて、波江はようやく口を開く。

「これは何かしら?」
「チョコだよチョコ」
「………」
「しかも何と俺の手作り。是非味わって食べて感想を聞かせてほし――」

がこん、と音をさせて。
ラッピングを解かれることもなくチョコは波江の手でゴミ箱行きになった。

「ちょ、浪江さん酷くない?別に毒なんて入ってないよ?」
「………」

もはや答えたくもないと言わんばかりの冷めた目を向ける彼女に。
臨也は「ちぇ」と小さく呟いて、首を振る。

「ま、いいけどさぁ。あ、俺これから出掛けてそのまま帰るから、君もそれが終わったら帰っていいよ」

ひらりと手を振って、スキップまでしながら出て行く男に。
波江は一体何なのだと首を傾げて、ゴミ箱に収まった哀れなチョコに目をやったのだった。



***



「やあ新羅。今年も彼女からチョコ貰えたかい?」
「やあ臨也、もちろん貰えたとも。彼女の愛がたっぷり詰まったチョコをね!それはそうと君は今年もこりもせずに来たみたいだね。邪魔だから今すぐ帰ってくれないかい?」

そんなやり取りを経て臨也をリビングへと通した新羅は、毎年毎年厭味のように持ってこられるそれを前に苦笑した。

「今年こそは持ってこないかと思ったんだけど」
「いやいや、それこそ毎年の習慣だ。だからこそついうっかり作ったっていうのが正解だけどね」
「言っておくけど食べないよ?」
「もちろんそんなこと期待しちゃいないさ。っていうか、むしろ食べられても困る」

くつくつ笑う臨也にやれやれと首を振って。
新羅はそれのラッピングを解いて中身を確認する。

「いつも思うけど、君って変なところ器用だよね」
「そうかな?片手間でできるだろ?」
「…世の女性が聞いたら怒りそうな科白だね」

ことりとテーブルに戻された箱の中身はトリュフだ。
去年はたしかガナッシュだったっけ…と考えながら、とりあえず蓋をした。
プロ級の味であることは知っている。何しろ臨也には内緒だが毎年きっちり食べさせてもらっているのだ――もし食べているなどと知ったら次の年からは絶対に持って来なくなるだろうが。
本人は相手の反応を見るための遊びのつもりなのだから、ここは乗っておいてやるべきなのだろう。毎年その度に僕って大人だよね、と思っていることも新羅は当分は内緒にしておくつもりだった。

「それで?後は誰にあげるんだい?」
「ん?ああ、四木さんのところにはもう届けたし、他にも何人かにはあげたけど…あとはドタチンくらいかな」

そう言って紅茶を啜る臨也に、新羅は首を傾げる。

「静雄くんにはあげてないのかい?」

問いは特に深い意味があってのものではなかった。
だがせっかく同居などという面白おかしい事態になっているのだ。絶対にあげるだろうと思っていただけに、意外だった。
だというのに。

「何でシズちゃんにあげなきゃいけないのさ」

新羅の行動につられるように首を傾げて。
臨也は至極不思議そうに聞いた。
どうやら静雄に渡すという発想は元より持っていなかったらしい。

「いや、君なら静雄がどんな反応するのか絶対確かめようとするんじゃないかなって思ったからさ」
「…ふぅん」

首を傾げたまま考えて。
臨也はそれもそうだね、と頷く。

「来年はそうしてみるよ」
「?来年って、今年は?」
「んー…余分に作ってないからさ」

そう言って、カップの中身を飲み干した彼に。
新羅は、とりあえず来年もまだ同居してるつもりなわけかとさほど関係のない感想を抱いて苦笑した。



***



静雄がマンションに帰ってきて玄関のドアを開けてすぐ。
室内を満たす甘い匂いに、彼は首を傾げた。

「…チョコレートか?」

そう言えば日本の風習がどうとかでヴァローナからチョコを貰ったと思って、ついでのように今日がバレンタインであったと思い出す。
だが、なぜこの家でチョコ?
そう思いつつ、キッチンへ向かえば見慣れた後姿があった。
「ノミ蟲、手前何作ってんだ?」
静雄が声をかけると臨也が振り返る。

「あ、おかえりー」
「あー…おう、ただいま」

ついつい挨拶の前に疑問を口にしてしまったことを反省してから。
静雄は改めて臨也に問うた。

「で?何作ってんだ?」

覗き込んだボウルの中には卵…と何かを混ぜたもの。
あいにくお菓子には詳しくない静雄にはそれだけでは何かは察せられなかった。
「プリンだよ。こっちのカスタードのはデザート用だけど、先に焼いたチョコレートのやつはもう食べれるからお風呂入ったら一個食べてもいいよ」

プリン。
その言葉に、一切の疑問は脇へ追いやられる。

「すぐ入ってくる」
「はいはいどうぞー」

プリンに頭を占領された静雄がバタバタとバスルームへ向かうのを見送って。
臨也はふっと息を吐き出した。
「…うん予想通り」
もう静雄は今日がバレンタインだということすら忘れているだろう。
単純だね、シズちゃん。と失礼にも笑いつつ、臨也はプリン作りへと戻った。

「チョコレートの言い訳をする必要はなさそうかな」

何故今日この日にチョコプリンなのだと問われればさすがに返答に困らざるを得ないが、カスタードプリンも一緒に作ったことで言い訳は可能だとそう考えていた。
だが、あの静雄の様子ではそれを問われることはないはずで。
あまりにも予想通り過ぎて拍子抜けした気分ではあるが、ほっとしたのも事実であった。

――いや、別に言い訳する必要だってないんだけどさ。

新羅に静雄にチョコをあげないのかと言われたことが頭の片隅に引っかかり続けていて、気になるくらいならと作ってしまったチョコレートプリン。
まあプリンはたぶんチョコ扱いじゃないしねと自分に言い訳して、あれ?とその言い訳に首を傾げた彼は。
その思考の理由を深く考察しようとする前に、またしてもバタバタと慌しい音を立てる静雄にそれを中断された。

「シズちゃんちゃんと髪拭いてよね」
「分かってる」

カラスの行水か、と言いたくなる速度で風呂に入ったらしい男に溜息が出る。
がしがしと髪を拭きつつプリンは?と催促する視線に、子供か君はと文句の一つも言いたくなったが。
臨也は無言で冷蔵庫を指差してから、背を向けてまだ液状のプリンを漉す作業に取り掛かった。
冷蔵庫を開ける音。それからスプーンの入った棚を開く音がして。小さく「いただきます」の声を発した静雄に、臨也はちらりと後ろを振り返る。
幸せそうな顔でチョコレート味のプリンにかぶりつく静雄。
その姿に、臨也はふむと考えた。

――冷静に考えたらさ、俺がシズちゃんにチョコを渡すのは、新羅たちに渡すのとは何か違う気がするんだよねぇ。

先程まで言い訳を考えてはいたのだが、実のところ静雄にチョコを渡す理由が、臨也にはどうしても思い浮かばない。
他の人間に関しては『折原臨也』から贈られたそれにどういう反応を返すのか――何しろ毎年のことだというのに皆慣れを感じさせない様々なリアクションを返してくれる――それを考えるだけで楽しいというのにだ。
ただ、理由は分からないが今は静雄からそういう反応を引き出したいとは思えない。
だから、とりあえず来年もやっぱり静雄にはチョコは作らないでおこうと決めて。
臨也は小さな子供のように無心にチョコプリンを頬張る同居人を眺めて、小さく苦笑を零すだけだった。












※もういっそ自覚しろとか思わないでもない同居パラレルのバレンタイン。
ちなみに最初の波江さんの出演は完全に管理人の趣味です。(黒幕コンビも好き)