2月14日のはなし
※2011バレンタイン。年の差。24×14。臨也さんも静雄さんも激しく別人です。











シズちゃんシズちゃんと煩いほどにまとわりつく可愛い恋人が近寄らなくなって数日が経つ。
バレンタインデーは家デートだからね!と最後に会った日に叫んでいたので、たぶん今日の夕方には会えるんだろうが。

「…チョコ、買うか」

俺から貰えるなど期待しちゃいないんだろうが、俺もあいつも男だし。それに最近は逆チョコとか友チョコとか色々あるのだ。別に俺から贈ったって問題はないはずだ。
ああそうだ。と自分を鼓舞して、でもコンビニに入るあたり勇気が足りないんだろうか。
とりあえず、そんなに甘いものが好きなわけでない臨也のために苦めのやつを選んで、普段は買わないお菓子とかジュースと一緒にカゴに放り込む。
よし、後はさりげなく買ってさりげなくコンビニを出るだけだ。

そんなふうに無駄に緊張して買ったチョコの箱は現在コンビニの袋の中。
俺はと言えば、コンビニを出たところでばったりと会ってしまった臨也に、完全に硬直してしまっていた。

「よ、よお、臨也。学校終わったのか?」
「うん。今日はもうおしまい。あとでシズちゃんち行くから、ちゃんといてね」
「お、おう」

分かった、とこくこく頷く俺を不審に思ったのか。
臨也はきょとりと瞬いて首を傾げる。
まだ幼さの残る顔が、じっと探るように見詰めてきて――、俺は耐え切れずつい、顔を逸らしてしまった。
途端、不穏な声が上がる。

「シズちゃん、俺になんか隠し事?」
「ち、違っ!あ、いや…違う。隠し事じゃねぇよ」

隠し事ではない。
ただ気まずいだけだ。

「何でもねぇから。またあとで、な?」
「…なぁんか怪しいなぁ」
「ホント何でもねぇよ」

だから今は詮索してくれるな、という俺の願いが届いたのかどうなのか。
臨也はふうんと呟いただけで、それ以上そのことについては触れなかった。
しかし、代わりに。

「あ、俺今日シズちゃんちに泊まるから」

と問題発言をかましてくれて。
俺は、は?と思わず唖然としてしまう。
いや、臨也が泊まることが嫌なわけじゃない。むしろ嬉しい。…だが、それはつまり。

「今夜は寝不足確定か…?」

なにしろ臨也はまだ中学生。一応良識ある社会人としてはさすがに手を出せないわけで。
何度か途中まではしたことがあるとかそういうことは置いておくが、つまり最後まで致したことはないのだ。
なのに、泊まるたびにこの馬鹿は無自覚に誘ってくれるもんだから、理性を保つのがひと苦労だ。生着替えとか風呂上りとか、彼シャツとか…!ああすまん。取り乱した。とにかく、臨也が泊まる日は俺の寝不足は確定だということだけ言いたかったんだ。

「…嫌なら泊まらないけど」
「あ、いや!むしろ泊まってくれ!歓迎する!」
「うん。なら泊まるね」

渋るみたいな俺の態度にしゅんとしょげるもんから慌てて否定すると、その言葉を待っていたとばかりににっこり笑われる。
正直、実は自分がこの10近く年下の子供にいいように転がされている気がしないでもない。
じゃあね、といい笑顔を残して去っていく臨也に。
静雄はとりあえず部屋掃除しねぇと、とぼんやり思ったのだった。



***



それから、2時間後。
俺の住むアパートにやってきた臨也は、まずはこれ!ときれいにラッピングされた箱を取り出した。

「今日のメインイベントだよ!ちなみに俺の手作り!あ、毒も下剤も入ってないよ!」

ケラケラ笑って言う臨也の科白は一部無視できないものがあったが、それはすでに去年体験済みなので敢てツッコミは入れないでおく。
どうせ毒も下剤も普通の量なら効かないのだから問題もないし、と結論付けるのは…たぶん自分がこの子供に心底惚れてしまっているからだ。
可愛い悪戯…とはさすがに言えないが、頬を抓っておしおきして説教する程度で済ませてやれる程度の問題なのだ。

「ありがとよ」
「うん。あのね、今回はお酒が入ってるやつにしてみたんだよ。なかなか上手くいかなくて苦労したけど、シズちゃんの為だから頑張ったから、ちゃんと食べてね」
「酒…って…あれか?あの中に酒が入ってるやつ?」
「そう!ウイスキーボンボンだよ。砂糖がなかなか固まらなくて苦労したんだ」
「…お前なんだがますます料理上手になってくな」
「ははっ、もっと上手くなったらお嫁さんにしてくれる?」
「今すぐにでもしてぇくらいだな」

まあ男同士で結婚できるわけじゃねぇけどよ。こいつが18になったら速攻で手を付けて、完全に俺のものにするつもりだしな。

「…ね、ところでさ」
「おう」
「さっきシズちゃんが買ってたチョコ。あれくれない気?」
「!」

何で知ってんだとぎょっとした俺に、臨也はにんまりと笑う。

「だってシズちゃんが真剣な顔でチョコ選んでるの見てたし」
「…覗き見は悪趣味だぞ、臨也」

しらなーいとかふざけた返事を返して。
臨也はもう一度「くれないの?」と訊いてきた。
俺を見上げる特徴的な色彩の瞳。そのおねだりに俺は勝てた試しがない。

「言っておくが、大していいやつじゃねぇぞ」
「ん、シズちゃん安月給だもんね」

生意気なことを言う臨也を横目に、俺はローテーブルの下に置いておいたコンビニ袋から臨也のお目当てのものを取り出した。
ほら、と渡せば、「ありがと」と嬉しそうな顔。
ぺりぺりと包みを開ける臨也に、俺も臨也の手作りチョコを取り出すことにする。
丁寧なラッピングを解くのはもったいないが、まあ開けないと食べられないのだから仕方ない。
先に開け終わった臨也が座ったままの俺の膝に乗り上げてきて「まだ?」と問うのにちょっと待てと返事をして。
包みの中の小さな箱を取り出して、開ける。
整然と並ぶ、丸い形のチョコレート。
若干歪なのもあるが、そこはそれ。手作りだからこその味ってやつだ。

「へぇ…よくできてんな」
「何度も作って練習したもん」

どうだと胸を張る臨也はまだまだ子供だ。
だが、そんなところも可愛い。
俺は、臨也がさっき開けた俺が買ったチョコレートを一粒つまんだ。

「…俺のは手作りじゃなくて悪いけどよ」
「いいよ。シズちゃんがチョコくれるってだけで嬉しすぎ。これで手作りだったりしたら心臓止まっちゃうよ」

クスクス笑う臨也の口元にチョコを運んでやると、パクリと食いついてくる。

「あ、おいしいね」
「そりゃ良かった」
「俺も食べさせてあげる」

ひょいと口の中に放り込まれるチョコは、甘い。
カリッと噛めば、砂糖の殻のシャリシャリ感がして、とろりと中のウイスキーが流れ出す。

「おいしい?」

こくりと頷いて。
しばらく味わってから飲み込んだ。
それから、キラキラと目を輝かせて感想を待つ臨也に笑いかけて、言う。

「すっげぇうまい」
「よかった。シズちゃんの好みに合うようにチョコもお酒も甘めにしたんだけど、どうかなって思ってたしさ」
ホントに良かった、とふわりと笑った臨也に、俺は手前も食うか?と酒入りチョコを差し出す。
「俺、お酒あんまり得意じゃないんだよね」
「…中学生が堂々と飲酒発言はどうかと思うんだけどな…でも味見したんだろ?」
「一口だけ」
「今日のは?」
「…まだ」
「じゃあ、ほら」

そう言って口元に持っていってやると、少し躊躇って、それから口を開く。
赤い舌が誘うようにチラリと覗いて、ついつい凝視してしまいそうになる自分を律するのに苦労したが、何とかチョコを放り込む。

「ん…甘い」
「でもうまいだろ?」
「自画自賛になるから、言わない」
「そうかよ」

自分の口にも放り込んで、そのまま臨也の唇に自分の唇を重ねる。
噛んで溢れ出したウイスキーを流し込むように舌を絡めるキスをすると、腕の中で臨也の細い体がぴくりと震えた。
ここで我慢だ、と自分に言い聞かせて唇を離して囲った腕も開放する。
そうして深呼吸して、相変わらず収まらない欲求に蓋をしようとした時。
臨也が俺の肩に頭を預けて、言った。

「は、ぁ…しずちゃん…」
「どうした?」
「なんだろ、頭、ふわってなる」

…まさか、酔った、とかか?
いやいくらなんでもそれはないだろと思うが、酒が入ったせいか、それともキスのせいか、判別が難しい赤らんだ顔を上げて臨也は俺を真っ直ぐに見つめてくる。

「…あのね、シズちゃん」
「おい…?」
はふ、と吐き出す息はアルコールとチョコの甘い匂い。
とろりと潤んだ目で俺を見て。
「好きだよ」
大好き。と擦り寄る臨也に。
俺はその背を抱き締めるべきか否か迷う。
我慢だ。我慢!ウイスキーボンボン二個で酔っ払うようなお子様に手を出すのは厳禁だ!
そう自分に言い聞かせて何とか触りたい欲求を押しとどめようとする俺に。
臨也は俺の頭を抱き締めて、すんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。

「シズちゃんの匂いだ」

この匂い大好き、なんて言われて。
ぷつんと理性が切れた。
ここで我慢できる人間であったなら、俺は今中学生の臨也と付き合ったりなどしていない。
今更だ。最後までしなきゃいい。
そう自分に言い訳して。
犯罪者予備軍からすっかり犯罪者に成り下がった俺は、臨也を抱き締めて、その首筋に噛み付くようなキスをする。
この時の俺はまだ、まさか臨也が(やっと食いついてくれたよ。シズちゃんってば我慢し過ぎ)なんて思ってるとは、丸きり、欠片も思っていなくて。
チョコの甘ったるい匂いをさせる唇を塞いで夢中になって貪る俺に、臨也が幸せそうに目を細めたのを見ることもできなかったのだった。












※中学生に翻弄される池袋最強のバレンタイン。

ムラムラし通しなおおかみさんシズちゃんと実は確信犯な中学生臨也さん。二人は親戚で静雄さんにとっては臨也さんが赤ちゃんの時からの付き合いです。