1月28日
※2011年静誕。『猛獣の飼い方10の基本』編。











朝日がカーテンの隙間から差し込む中。
コーヒーのいい香りに誘われて、臨也はゆっくりと瞼を開いた。
もそりと毛布を引き上げて、シーツの海でもぞもぞと寝心地のいい場所を探して体を動かして。
そこで、彼はようやく隣にいるはずの男がいないことに気がつく。

「…ん」

小さく欠伸をして、緩慢な動きで身を起こして。
見回す室内にも目的の人物の姿はない。
代わりにあるのは覚醒を促した香り。どうやらキッチンにいるらしいと結論付けて、臨也はその顔を見るべく立ち上がろうとして――。

「…あー…これは、無理か」

とぼやくように呟いた。
起き上がった時もずいぶんと反応が鈍く感覚が薄いと思っていた。だが、まさかここまでとは思いもしなかった。
腰から下はほとんど力が入らない。そうなった原因を思い出しつつ、臨也は盛大に溜息をついた。

昨晩、日付が変わる少し前。
臨也は静雄に明日は急な仕事が入ったと告げた。本当なら夜、静雄の誕生日を祝う予定だったのだが、情報という刻々と変わる特殊なものを取り扱う仕事の都合上、明後日まで待てとは言えなかったのだ。
せめてもの罪滅ぼしにとベッドへの誘いをかけたのが運の尽き。何がきっかけだったかは覚えていないが、途中までは仕方ないと諦めていたはずの静雄に意識を失うまで攻められて、現在臨也は完全にベッドの住人と化してしまっていた。

「もう少し手加減してくれればいいのにさぁ」

言ったところで今更なのだが、そう口にせずにいられない。
サイドテーブルに置いたままだった携帯を手を伸ばして取り、臨也はこれで一つ借りかぁと溜息をつきつつ、電話をかけた。
ワンコールで出た相手の嫌みとからかいを混ぜた声にうんざりしながら用件を済ませ。
そこで力尽きて、ベッドにパタリと倒れ込む。

「…だるい」

重くだるい体はまるでいうことを聞かなくて。
起きてから何度目になるか分からない溜息を吐き出して、臨也は恨めしげにキッチンへと続くドアを睨みつけた。
と。

「臨也、そろそろ起きろ」

見事なタイミングでドアが開き、静雄が顔を覗かせる。
「あのねぇ、シズちゃん。俺は君のせいで起きられないんだよ」
ちょっと酷すぎない?と文句を言う臨也に、静雄はばつが悪そうに目を逸らし、悪い、とぼそぼそと呟くように言った。
反省している様子に一応の納得をみせ。
臨也は静雄に向かって手を伸ばす。

「シズちゃん」

呼びかけに応じて素直にやってくる相手を見遣り、溜息一つ。
さらに伸ばした手を取った静雄を一睨みして、それからその手を引っ張った。
さした抵抗もなく引き寄せられる長身を抱きしめて、そして。

がぶり。

迷うことなく首筋に噛みついた臨也に、静雄は一瞬だけ体を強ばらせて。
そのあと、ゆるゆると体の力を抜いて、深い深い溜息をつく。
「…手前な」
抗議の声は聞く気のない臨也の前では意味をなさない。
明らかに噛み千切る意図を持ってしつこく食いつき歯を立てている彼に、静雄はしばらくは大人しくしていたが、数分を過ぎた辺りで痺れを切らして引き剥がした。

「いい加減にしろ」
「だって、シズちゃんが悪い」
「…今回に関しちゃその通りだけどな…」

だけど、と言い訳しようとする静雄に。
臨也はそうじゃないと首を振る。臨也がもっとも不満に思ったのはそこではないのだ。それをまるで理解していない相手に、余計に不満が募る。
「…俺、一番に祝いたかったのに」
「あ?」
ぽつりと呟くと、怪訝そうな顔をされた。
ああもう、何で分からないのさと思い、臨也はキッと静雄を睨みつける。

「俺は!今年も一番にシズちゃんにおめでとうって言いたかったのに、シズちゃんのせいでそんな余裕なかったじゃないか!」

言うどころか思い出す余裕すら与えてもらえなかった。そのせいで他の人間に先を越されたことが、臨也にとっては一番問題なのだ。
「別に俺は君がどれだけ酷い抱き方をしようが本気で怒ったりしないよ。嫉妬されるのだって嬉しいし、まあ翌日に響かなきゃもっといいけど、そのせいで仕事が先送りされたって結局は許すさ。でも、これだけは許せない!」
静雄の頬を引っ張りながら怒る臨也はまるきり拗ねた子供のようで。
静雄は、たぶん無自覚に自分が――あとで思い出して後悔するに決まっている――静雄を甘やかす発言をしたことに気付かぬままの臨也に思わず視線を泳がせた。

「あー…」
そうは言われてもな。
なんでこいつって時々妙に可愛いこと言い出すんだろうなぁとぼんやり思考し、溜息。
ついでに、そういえば今自分はこの子供のような男と同じ年齢なのだと思い出す。何となく非常に居た堪れないものを感じて一瞬遠い目をして。
静雄はもう一度溜息をついた。

「安心しろ、手前が一番だよ」
「嘘つき。だって君の弟くんが誕生日忘れるわけないじゃん。去年だってこの時間にはメール来てたし、夜には電話だってしてた」
「…確かにそうだけど、今年は携帯の電源切ってるから少なくともまだ見てねぇよ」
「…は?何で?」
「朝ソッコーで社長とトムさんに電話して、それから切った」
だから今日は仕事も休みだ。
「いや、そうじゃなくて」
「手前が毎年毎年一番乗りだって言い続けてりゃ、いい加減覚えるだろ」

変なこだわり持ちやがって面倒臭ぇ奴だな手前は。
そう締めくくった静雄に、臨也は目をぽかんとしたまま目を瞬かせて、首を傾げる。
何も言わずただ見詰めるだけの臨也に。
気が長くない方である静雄は、
「で?言ってくれねぇのかよ」
と、にやりと笑いながら催促した。
その顔がものすごくしてやったりという風で癪に障る。と、そう思ってしまう。
だが、臨也はならいいか、と自分のこだわりを理解してくれていたらしい幼馴染に今回は素直に白旗を上げてやることにした。

「でも、なんか、すっごく負けた気分だ」
「あ?」
「なんでもない。こっちの話」

ふるふると緩く首を振って。
それから、臨也は静雄ににっこりと笑いかける。

「誕生日おめでとうシズちゃん。君が生まれてくれた今日という日に最上の感謝を」

そこまでは祝いの言葉だ。だが毎年毎年そこに続けられる言葉があることを、静雄もよく知っていた。
毎年毎年、誕生日に飽きることなく言われ続ける、実現されることはないだろう言葉。

「今年こそ俺に殺されてねシズちゃん」

いっそ朗らかなまでの声と笑みで言われて。
静雄はこれまたお約束となっている言葉を返す。

「…手前が死ねノミ蟲」

本気なのか、言葉遊びなのか。
まあどちらにせよ、この先も死ぬまで一緒に居ることは変わらないのだからどうでもいいというのが、二人の本音で。
どちらからともなく手を伸ばして、顔を近づけて、唇を寄せて――、

ぐうと、静かな室内に響いたその音に。

臨也は呆気にとられた表情でその音の源に目をやって、それから、ぷっと吹き出した。
なおも間抜けな音を響かせる自分の腹に静雄は渋い顔で唸る。
それがおかしくてまた笑う臨也に、笑うなと低く警告の声を出して睨む静雄。

――やっぱりシズちゃんはかわいいなぁ。

たとえであったとしても彼と出会わない人生など考えることすらできないほどに、臨也は平和島静雄という存在を愛している。彼がこの世に生まれてきてくれたという事実がただ嬉しくて、だから、本当なら毎日の延長に過ぎないはずのこの日を臨也は特別だと思えるのだ。
いまだ顔を赤くしてじっとりと睨みつけてくるかわいい幼馴染の髪を撫でて。
臨也は、その白い頬に口付けて満足げに目を細める。
そして、彼の機嫌を回復させようと、今日の朝ご飯は何かな、と甘えた声で問うのだった。












※静誕企画2本目。

うちの臨也さんたちは自分が一番最初に祝うという変なこだわりを持っているようです。対抗心なのか独占欲なのか。