1月28日
※2011年静誕。『けもみみパラレル』編。











11時58分。
静雄はじっと手の中の携帯電話を見つめていた。
本日は1月27日。明日まではあと少し。もうあとほんの僅かで静雄は1つ年を重ねることになる。
じりじりと落ち着かない気分で待つこと2分。
12時ジャストに、携帯が鳴った。
静雄は2コール目には通話ボタンを押していて、夜中とは思えないテンションの恋人の声を聞くことになった。

『誕生日おめでとうシズちゃん!やっぱりまだ起きてたね!』
「おー…ありがとよ。でも声でけえぞ」

嗅覚ほどではないにせよ、もともと聴覚は割といい方に入る狼族なのだ。煩いと携帯を遠ざけて、静雄は文句を言う。
同じく割合耳はいい猫族の臨也も、多少離れたところからの声でも聞き取れる。
酷いなぁせっかくかけてあげたのにさぁと返しながら、電話越しの臨也は鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌な声で続けた。

『でもこれでとりあえず俺が一番乗りだね』

そんなのが嬉しいのかよと思いながらも、まんざらでもなく。
静雄は声を出さずに笑う。

「臨也、朝一番でうちに来い」
『えー、君が来ればいいじゃないか』
「誕生日くらい言うこと聞け」
『おや、それじゃ俺がまるでいつもは言うこと聞いてないみたいじゃないか』
「聞いてねぇだろうが」
『ま、確かに9割くらいはね』

ケラケラ笑うその声を聞きながら、静雄は無意識にパタパタと揺れていた自分の尻尾を見た。
意志の力で抑えておけるのはほんの一瞬で、臨也が何か話す度またパタパタと振られてしまうのだからさすがに少し恥ずかしい。どんだけ嬉しいんだ自分、と突っ込んで。静雄はフルフルと頭を振る。
臨也の耳障りのいい――だが言っている内容をまじめに聞くとだんだん腹立たしくなってくる――声を聞きながら、静雄は夕方の自分の選択を後悔し始めていた。
泊まっていかない?と誘われて、特に何も考えずに今日は帰るわと答えたあの時の自分が恨めしい。せっかくの誕生日なのだ。日付が変わった瞬間からもし側にいたなら、たぶん臨也は静雄のことを思う存分甘やかしてくれただろう。惜しいことをした、何で思いつかなかったんだ。そんなことを考えてついつい返事が疎かになった静雄に、電話越しの臨也が盛大な溜息を零した。

『ねぇ、シズちゃん聞いてる?』
「あ、わりぃ。あんまり聞いてなかった」
『まったく…』

呟くような声がよく知った拗ねた響きで。静雄は無意識に不機嫌そうにねかせた耳と同じように不機嫌にゆらゆらと揺れる尻尾の様子を記憶から引っ張り出して、あーやっぱり会いたいと思う。

「なあ臨也、手前今家か?」
問えば、帰ってきたのは小さな笑い声。
『残念。今は家にはいないよ』
「じゃあどこにいんだよ」
『さあ?どこだと思う?』
からかう調子で言われて、一瞬むっとしたが、黙る。
耳を澄ませば、静雄の耳は電話越しの相手の周囲の音も聞き取れるのだ。
と、その時。ぷしっと臨也が小さなくしゃみをした。
………。

「…なあ、臨也くんよお」
『うん』
「手前、今家にいないんだよな?」
『そうだよ』
「…そうかよ」

ああそういうことかよ、と呟いて。
静雄は立ち上がって窓へ向かい、一気にカーテンを開く。
静雄の耳はかなりいい。家の外の音も、小声で喋らない限りは普通に聞こえる程だ。
そして、意識していなかったから気付かなかったが、よく聞けば臨也の話し声は電話だけから聞こえているわけでなくて。
がらりと窓を開けて、顔を外に出せば、

『やあ、シズちゃん』
「…手前何してやがんだ」

窓の向こう。見下ろした先の道路、その街灯の下に、会いたいと思った相手が立っていた。
しかも、手を振りながらいつもの調子で挨拶されてしまい、思わず呆れた呟きが零れる。
何でそんなところで電話かけてんだと相手の顔を見ながら電話越しに問うと、いやまあと言葉を濁された。

『このまま気付いてもらえなかったらどうしようかと思ったよ』
「…いいから、さっさと玄関まで来い馬鹿猫」

この寒いのに何時から居たんだと溜息が漏れる。
はいはいと軽い声で返事をして電話が切られ、視界に映る臨也が無造作に携帯をポケットに押し込んだのを確認してから。
それから、静雄は急いで自分も玄関へと向かったのだった。





臨也が呼び鈴を鳴らすのを待つ気はなく、静雄は玄関到着と同時にドアを開ける。
すると、すでに待機していたらしい臨也はそんな静雄の様子を眺めて機嫌の良い時の調子で尻尾を揺らめかせつつ、にんまりと笑ってみせた。

「こんばんは、シズちゃん。改めて、誕生日おめでとう」

そう言って笑みを深くする黒猫の、そのコートに包まれた細い腕を引っ張って。
静雄は外の冷たい空気を纏った体を抱きしめる。

「ちょ、君、いきなり何なのさ」

いきなりの静雄の行動に文句を言いつつも大人しく捕まった臨也。
その体は触れて確かめる場所すべてが冷え切っていて、静雄は低く唸る。

「…いつから外に居たんだ、手前」
「ん、日付が変わる30分くらい前かな」
「…馬鹿か」

というか馬鹿だ。はっきりとそう思いながら、少しでも温めてやろうとドアを閉めてから改めて臨也の体を腕の中に囲み込む。

「シズちゃんあったかいねぇ」
「手前が冷え過ぎなんだよ」
「…ホントはさ、電話だけにしようかと思ったんだけど」
「ああ」
「やっぱり顔見たくなっちゃってさぁ」
「だったらさっさと連絡寄越せよ」
「だって、シズちゃんの部屋、真っ暗だったし」

家族を起こしちゃ悪いし迷惑かなぁって思ったんだよ。
ピタリと静雄に寄り添ってそう呟く臨也。
とてもでないがそう簡単に温まりそうにないその体温に、静雄は小さく溜息をつく。

「やっぱ、手前馬鹿だな」
「シズちゃんには言われたくないし」

すり、と擦り寄るように静雄の胸に頭を預けて。
臨也はあったかいと言って目を閉じた。
その薄い猫耳に触れると、いつもなら嫌がるくせに今日は僅かに反射で後ろに倒されただけで。
やはり冷え切っていたその薄い耳を指でやさしく触れて、静雄は少しでも体温を分けてやろうとする。
触れる体からほのかに香る甘い匂い。
その甘さに沸き起こる衝動のまま、ちゅっと触れるだけのキスを臨也の目元に送る。

「…風呂、入るか?」

静雄にしては珍しい遠回しの誘いをかけてみるが、状況が状況だ。理解はされなかったらしい。
冷えた臨也を気遣っただけだと思ったらしく、彼は少しだけ首を傾げただけだった。
その仕草が妙に可愛らしく見えて、静雄は心中で唸る。
この猫族はいい加減自分が酷く魅力的なイキモノなのだと理解すべきなのだ。できることなら今すぐ押し倒してしまいたい気分だったが、同意なしでそんなことをしようものならこの黒猫はたちまち機嫌を損ねるだろう。外見だけでなくその僅かな仕草や声まで、すべてが静雄を煽る要素であるのだと、いまだ理解しない恋人を恨めしく思い、静雄は深い溜息をつく。

「…んー」

問われた後。
静雄の内心の葛藤も知らず、臨也は言われた言葉を反芻するかのようにしばらく中空を見上げて考えていたようで。
たっぷり3分はかけて考えた彼は、ようやく結論を出したのかふるふると首を振った。
「入らない」
きっぱり言って静雄の背から腕を外して、僅かに身を起こした臨也は静雄を真っ直ぐに見上げてきた。
じっと見つめてくる特徴的な色彩の瞳。見つめてくる顔に表情はなく、こうなるともう静雄には何を考えているのかまったく読めなくなる。
だが、今臨也がものすごく無防備な状態なのだけはよく分かっていた。静雄の腕の中で安心しきっているからこそ、表情を作ることもなくこうして大人しく身を任せているわけで。

「あー…チクショウ…」

何というか…ものすごく、襲い難い。信頼されているのだと分かってしまうから、今ここでこの無防備なイキモノに再度誘いをかけるのは憚られた。
燻る熱を奥歯を噛み締めることで押し殺して、静雄は一度深く息を吸って、ゆるゆると吐き出す。
我慢、我慢だ。そう自分に言い聞かせる彼は、かなり健気だといえるかもしれない。
そんな静雄の努力を知ってか知らずか。臨也はクスクスと笑って、静雄に向かって手を伸ばしてきた。

「ね、シズちゃん」
「ん?」
「お風呂はいいから、シズちゃんが俺のこと温めてよ」

静雄の首に腕を回して囁く臨也は、くるると甘えて喉を鳴らす。
ゆらゆらと揺れていた尻尾が静雄の腕に絡みつき、誘うように耳を甘噛みされて。
静雄は無理やり鎮めようとしていた欲求に火がつくのを感じた。ずくりと下肢に重い熱が溜まる。
人がせっかく我慢してやってんのに何煽ってんだ馬鹿猫!と心中で唸って、眉根を寄せて。
静雄はなおも静雄の厚みのある三角の耳を食んでいる臨也を恨めしげに睨んで、それから言った。

「…別に、いいけどよ…」
「なに?」
「たぶん加減はしてやれねぇぞ」

なけなしの理性で留まった自分の苦労を無にしてくれたのだ。するならするで覚悟しろよとと思いながら視線だけでそれでもいいのかと問いかけると。
一瞬きょとんとした臨也は、ぷっと小さく噴き出す。
馬鹿だなぁシズちゃんは、とか聞き捨てならない科白を呟く彼は、齧っていた耳を開放して、静雄を真っ直ぐ見つめて目を細めた。

「いいよ。誕生日だから、特別」

ふんわりとした柔らかな笑みを浮かべた恋人に。
静雄は理性が崩壊するのを感じ、ほとんど浚うように自室へ連れ込むべくその細身を抱き上げたのだった。












※誕生日企画1本目。